2007年04月27日
今週はテキサス州ダラスで開かれている『EDSバイロンネルソン選手権』に来ています。この大会は、18番グリーン横のテントで、大会名にもなっているバイロン・ネルソン氏が選手たちを出迎える光景が象徴的だったのですが、昨年、ネルソン氏が亡くったため、今年はそのテントもなくなってしまい、少し寂しい感じがします。
今日から始まった大会は、練習日までの悪天候と打って変わって晴天に恵まれ、青空の下、熱いプレーがコースのいたるところで繰り広げられています。
そのコース内で、ちょっと目立つヘンな建物を発見!

なんじゃ、こりゃ?
「POLICE」という文字が見えるので、警察関係のものなんだろうというのは察しがついた。近づいてみると、近くにはパトカーと自転車に乗った警察官が立ち話をしている。
--これは何ですか?
「これは警察用のやぐらです。人の多く集まる場所に設置して群衆の動きを見ます。先っちょには監視モニターがついているので、遠隔操作で離れた場所からでも監視できるんです。」
--上部の箱の中には、警察官がいるんですか?
「それは、秘密。言えません。」

--PGAツアーの試合会場で見たのは初めてですが、先の銃乱射事件の影響ですか?
「今年初めて導入しましたが、乱射事件以前から準備していたもので、先の事件とは関係ありません。銃乱射のような事例に対する訓練は、何年か前の高校であった乱射事件以来、いつも訓練を重ねています。」
--ここ以外でも使用しているんですか?
「ショッピングモールやイベント会場など、人が集まる場所に設置してます。人の動きに注意を払うには便利です。」
こんな取材をしたあと、実際にホテルの近くのショッピングモールに出かけてみたら、駐車場に同じやぐらが設置されていました。盗難が頻発するアメリカの駐車場でこのやぐらを発見して、少し安心感を覚えました。コースはのどかな場所だけど、いつ、乱射事件のような凶悪犯罪が起こるとも限らない。たくさんの警察官がコースで警備をしてくれているが、防犯の観点からもこのやぐらの犯罪防止効果は大きい。
(文・写真/田辺安啓=JJ TANABE)
2007年04月23日
今週は、舩越が仕事で日本に一時帰国していますので、いつも写真を提供している私、田辺安啓こと<JJTANABE>がレポートします。
先週、PGAツアーはルイジアナ州ニューオリンズで『チューリッヒ・クラシック』を開催しました。日本から戻った丸山茂樹が5試合ぶりにツアーに復帰していたこともあり、ボクは取材に出かけました。ニューオリンズに取材に出かけるのは2004年以来3年ぶりのこと。そう、あのハリケーン・カトリーナの被害に襲われる前の年以来のことでした。トーナメントの取材はもちろんでしたが、ハリケーン災害から2年が経とうとする現在のニューオリンズの街はどうなっているのか、それも見たかったという理由もありました。

(現在も空き家になっている家。洪水の後が壁に残っている)
トーナメント会場には、さすがにハリケーンの爪あとは何も残っておらず、試合は滞りなく終了。そこで、会場に来ていた地元のスタッフに取材しました。
--ハリケーンの被害は、今も深刻ですか?
「ビルが建っている中心部は、実はあまり被害はなかった。観光名所のフレンチクオーターもほとんど洪水の被害はなく、1件だけだったけど1日も休まず営業を続けたバーさえあったほどなんだ。でも、少し郊外の地域の被害は深刻で、今でも復興作業が続いている。場所を教えてあげるから、行っておいで。」

訪ねた地域は、レイクビューという地区。ニューオリンズの中心地から15分ほど車で走った場所にある、閑静な“はず”の街。まだ3割ほどしか人の住んでなさそうな街並みは、なんとも寂しげだった。
夕暮れの街を車で走っていると、数人の作業員たちに出会った。屋根の復旧作業をしていた人たちだった。ちょうど仕事が終わったふうで、声をかけてみた。

--作業は進んでいますか?
「一所懸命やってるけど、被害が大きすぎてぜんぜん終わらない。もう2年近くもやってるけど、あと10年は終わらないね。」
作業員の言葉は深刻だった。でも、彼らの発する声は明るく、笑顔で答えてくれた。それが少しの救いだ。
自然災害は世界中、どこにでも起こる。災害に対する備えは十分に整えておくべき。でも、人間の予防力をはるかに超える自然災害は、今後も確実に訪れるだろう。その時にもっとも大切なのは、復興力ではないだろうか。日本では阪神大震災の際、自衛隊やボランティアの人々が復興の大きな助けとなったと聞く。PGAツアーも多くの義援金を集め、ニューオリンズに寄付した。
日本では地震が頻発する昨今、今一度、自然災害を他人事ではなく考えて見たいものだ。
JJ田辺
2007年04月18日
先日、クラフト・ナビスコ選手権で優勝したモーガン・プレッセルのクラブが、カリフォルニアからフロリダへの帰路の飛行機で紛失した話をお伝えした。その後、モーガンちゃんのクラブは、やっぱり発見されてはおらず、もうこれは間違いなく盗難である。
それにしても、18歳で史上最年少のメジャーチャンプに輝いたばかりのモーガンちゃん、実はクラブ盗難騒ぎに前後して、あれやこれやと良からぬことが起こっていたそうだ。
手始めは、優勝した夜のこと。親しい人々ばかりが集まっての優勝パーティを開くため、モーガンちゃんらが頼んだフードデリバリーが、待てど暮らせど届かず、やっと届いたのは夜の10時過ぎ。そろそろパーティもお開きにしようかというころに、間抜けなデリバリーが届き、「まったく、もー!」となったわけだ。
で、翌日、気を取り直して飛行機に乗り、家路に着いたところで、今度はクラブの盗難に遭った。そして、その翌日、車に乗って出かけようとしたら、なんとタイヤがパンク!まったくもって、泣きっ面にハチ状態だった。かわいそうに……。
取り急ぎ、無くなったクラブの代用品集めのため、キャロウエイのロジャー・クリーブランド氏はマスターズウィークもモーガンちゃん専用のウエッジの「再現」に必死だったそうだ。が、一番問題なのは、彼女がすでに1年以上も愛用してきたフュージョンFT-3ドライバーである。長期間、使い込んでいればいるほど、その感触は手や体、脳に刻み込まれているからだ。
モーガンちゃんのコーチ役でもあるオジイチャン(祖父)は、「1ヶ月後ぐらいに、モーガンのクラブはeBayに出てくるんだろうなあ……」と諦め顔。そうなったとき、モーガンちゃんは自分のクラブを取り戻せるのだろうか。本人でも、競り落とさなければいけないのだろうか。ものすごく不合理な話だが、もしも競り落とさなければいけないとしたら、彼女はナビスコの優勝賞金を全額はたくことになっても取り戻すような気がする。窃盗品がオークションにかけられ、持ち主が発見した場合、どうなるのだろう?このあたりの法律に詳しい方がいたら、是非、教えてください。

ナビスコ優勝時=

EVERYTHING WENT RIGHT!(すべて上手く行ったわ!)

ナビスコ優勝後=

EVERYTHING GOES WRONG!(悪いことばっか!)
Photo/JJ Tanabe
2007年04月17日
NYには無数のイエローキャブが走っている。取材のときは走り回るせいか、NYに戻ると、いきなり怠惰になる私は、マンハッタン内でよくタクシーに乗ってしまう。つい先日、タクシーに乗ったときのこと。運転席のヘッドレストの真後ろに運転手の名前が大きく記された身分証明書のようなものが貼ってあるのだが、そこに書かれたドライバーの名前は「Singh」。NYのタクシー運転手にはインド系の人が多く、そんな彼らの多くが、この「シン」という苗字なのだ。
マスターズの興奮もそろそろ冷めてきたころなのだが、そのタクシー運転手の「Singh」を見て、思い出した。そうそう、マスターズには2人の「Singh」が出ていたなあ、と。1人は、ビジェイ・シン。そして、もう1人はジーブ・ミルカ・シンだ。
この2人が最終日に同組でラウンドしたこと、ご存知だろうか。滅多にない組み合わせゆえ、オーガスタのパトロンたちの間では、なかなかの話題になっていった。なぜって、ホールの途中途中に掲げられるプレー中の選手のスコア表には、ご覧のように「Singh」が並んでいたからだ。この写真は米ゴルフ雑誌に掲載されていたものを転写したのだが、そう、米ゴルフ雑誌でさえ、ちょっぴり面白がるほど珍しい顔合わせだったのだ。

米ゴルフウィーク誌に紹介されたスコア表。
さて、私がタクシー運転手の名前を見て思い出したのは、実を言うと、この2人が一緒にラウンドしたという事実ではない。思い出したのは、「2本のドライバー」の話。
2本のドライバーといえば、まず思い浮かべるのは、言うまでもなくフィル・ミケルソン。だが、このジーブ・ミルカ・シンもまた2本のドライバーをバッグに入れているということを、私は今年のマスターズで初めて知って驚いた。なぜ知りえたのか。それは、彼がマスターズ初出場ということで、今年はインド人記者が3人ほど、初めてマスターズ取材に入り、彼らと2度ほどメディアセンターの席がお隣になったから。上手に英語を話すインド人記者と話をしているうちに、2本のドライバーの話になっていった。
私「えっ?ジーブはドライバーを2本入れているの?」
インド記者「そうです。1本はテーラーメイドのバブルシャフト。もう1本はキャロウエイの古いモデルです」
私「そのテーラーメイドのほうも、かなり古いと思うけど?」
インド記者「そうです。90年代の中ごろから使っているドライバーです」
私「ミケルソンはドローとフェード、あるいは距離の打ち分けのために2本使っているけど、ジーブは?」
インド記者「ジーブは、1本はティショット用、もう1本はフェアウエイから打つ用です」
私「ああ、ジカドラかあ……」
インド記者「ジカドラ?」
私「ああ、それはいいの。で、ジーブはいつから2本を使い分けているの?」
インド記者「96年からです」
私「ええっ?そんなに昔から?じゃあ、ミケルソンなんかより、ずっと前から?」
インド記者「そうです。2本のドライバーはジーブが元祖ですよ」
私「じゃあ、ミケルソンはジーブの真似をしたのかな?」
インド記者「それは……どうなんでしょう。わかりません。ミケルソンに聞いてもらえますか?」
私「えっ、私が聞くの?聞いても、はいそうですなんて答えないわよ」
インド記者「そりゃそうですね」
と、こんな会話を交わした。まあ、ミケルソンがジーブからアイディアをもらったのかどうか、そんなことはどっちでもいい。私が興味を抱いたのは、そんなことではなく、ジーブの2本のドライバーが2本とも「古い」ということ。そのオールドファッションのドライバーで、ジーブは今年のオーガスタでなかなかの活躍をした。最終日に79を叩き、37位に後退して終わったが、少なくとも3日目までは優勝戦線の中に身を置いていた。一方、最新テクノロジーを駆使して開発され、さらに特別な調整まで施されている2本のドライバーを使いながら、ミケルソンはタイトルディフェンドに失敗した。これは、なんたることだろう……そんなことをオーガスタで感じた瞬間があった。その瞬間の記憶が、タクシー運転手の「Singh」を見たときよみがえったのだ。
だが、このことを書こうとして、あらためてマスターズの最終成績を眺めたら、ミケルソンは24位。結局、ジーブより上位だったから、これまた不思議な気分になった。そうか、途中まで頑張っても、やっぱりゴルフは上がってナンボ。4日間を通じてナンボだ。初出場のインド人ジーブより、経験値の高いミケルソンのほうが、最後には上に行っていた。その差は、突き詰めれば、やっぱり最新ドライバーと旧式ドライバーの差でもあるのだろうか……またまた、謎が増えた。

元祖はどっち?こちらはミケルソン。
Photo/JJ Tanabe
2007年04月14日
米女子ツアーの今季初メジャー、クラフトナビスコ選手権で優勝し、史上最年少のメジャーチャンプに輝いたモーガン・プレッセル。しかし、いいことの後には悪いことがある?天にも昇る気分でパームスプリングスから自宅のフロリダへの帰路、飛行機に預けたゴルフクラブがバッグごと消えてしまったのだそうだ。今のところ、まだ彼女のクラブは発見されておらず、米ゴルフ雑誌などは、かわいそうに「モーガン・プレッセルのクラブは今のところ、eBayには出てきていない模様」なんて報道までしている。
今週のギンオープンで、プレッセルは予選落ち。やっぱり、振り慣れたクラブじゃないと調子も出ないというものだろう。

同じ形のクラブはあるけど、感触は戻るか?
Photo/JJ Tanabe
飛行機に預けたクラブが紛失という話を聞くと、米ツアーに参戦していたころの田中秀道を思い出す。彼のクラブもプレッセルのクラブ同様、飛行機搭乗の際に預けた後、紛失。その後、田中は同タイプのクラブを契約先のテーラーメイドから受け取ったものの、慣れ親しんだものとは「どこかが違う」「何かが違う」と感じ、削ったり、鉛を貼ったり、あれやこれやと四苦八苦。「あの感触はどこへ行ったんだ?」という憤懣やるかたない思いのまま、無くなってしまったクラブのフィーリングを求めて試行錯誤を続けているうちに、どんどんスウィング感覚まで失い、あの大スランプに陥った。最終的に田中が米ツアーのシード権を失うまでになった元凶は、あのときのクラブ紛失事故。それを思うと、今回のプレッセルのクラブ紛失にも、なにやら不吉なものを感じてしまう。
もっとも、クラブに対する割り切りが早い選手なら、田中ほどのダメージは受けないだろう。問題は、プレッセルの割り切りが早いかどうか、である。印象からすれば、プレッセルは勝ち気で強気だから、「新しいクラブでも、私は平気よ」という具合に割り切ってくれそうな気がしないでもない。だが、プロにとってクラブの感触というものは微妙ゆえ、どこまで割り切れるかはなんとも言えない。彼女のクラブがひょっこりどこかの空港から出てきてくれれば問題ないのだが、メジャー優勝した直後のクラブ紛失というのは、あまりにもタイミングが良すぎて、「紛失」ではなく「盗難」の可能性大だ。そうなると、このアメリカ社会で彼女のクラブが出てくる可能性は限りなくゼロに近い。となると、あとは彼女の気持ち次第、対応力次第ということになる。せっかくメジャー優勝を飾ったのに、このことで成績が下降してしまったら、元も子もない。モーガンちゃん、すっぱり割り切って、新しいクラブでもがんばれ!
2007年04月12日
今年のマスターズはザック・ジョンソンの優勝で幕を閉じた。日本的には、まったく無名のジョンソンだが、実は私にとっては結構馴染みの深い選手だったため、終盤は心の中で「ザック、行け行け!」を連発。もう、あの展開になったら、どうしてもジョンソンに勝ってほしかった。
ジョンソンは04年から米PGAツアー参戦を開始した選手だが、その前年はネイションワイドツアーで賞金王、パットランク、オールアラウンドランクの三冠を達成。それゆえ、04年はなかなかの鳴り物入りでPGAツアー入りした選手だ。そのとき、キャディのデーモン・グリーンは、長年の付き合いだったスコット・ホークから突然ジョンソンに乗り換え、これまたなかなかの話題になった。
が、その後のジョンソンは1勝を挙げたものの、あんまりぱっとしない成績続き。ジョンソンはジョンソンで、ネイションワイド時代の栄冠はどこへ行ってしまったのだろうかと苦しみ、デーモンはデーモンで「だからスコット・ホークのバッグを担いでいればよかったんだよ」という「ざまあみろ」の批判に耐え、じっと我慢の戦いを続けてきた。そんな背景を知っていたがゆえに、私としてはどうしても彼ら2人にマスターズ勝利の栄冠を勝ち取ってほしかったのだ。

キャディのデーモン・グリーン。
優勝が決まった途端、メディアセンターを飛び出し、18番グリーン脇に走った。彼らに「おめでとう」が言いたい一心で--。さすがにジョンソンは、テレビや関係者にすでに抑えられ、その場で声をかけることはできなかったが、デーモンはクラブハウス前のインタビューエリアに半分呆然とした顔で立っていた。「やったね、おめでとう!」すると、デーモンは口ひげを上下させながら、「ありがとう。いやー、ホントにありがとう」と、うれしさを他の言葉にすることもできず、ありがとうばかりを連発。よっぽど、うれしかったのだろう。
試合の影には、4日間のプレーそのもの以外にも、そこまでの経緯や心情、環境を含めたいろいろな戦いがある。戦いというより、葛藤という言葉のほうが適切かもしれない。そして、みなさんにはあまり馴染みがないかもしれないが、メディア間の戦いというのも当然ある。もちろん、その戦いとは、他の誰も知らない情報を密かにゲットするという戦い。これを抜きにして、メディアの仕事の醍醐味はないと私は思う。
そういえば、あれはマスターズ初日。7オーバーでホールアウトした片山晋呉を日本人メディア10数人が囲んで取材した直後のこと。サウスカロライナ州の地元TV局のレポーターに呼び止められ、逆取材を受ける羽目になった。普段、取材する側の私としてはテレビカメラを向けられると、ちょっぴり緊張もするのだが、投げかけられた質問はいきなり、こんな内容。「日本のメディアは全員で1人の選手を囲み、同じコメントを全員で聞いて、それで日本の媒体間の競争は一体どうなっているのですか?」。
思わず苦笑してしまった。アメリカ人にしてみれば、日本のメディアの共同取材が、よほど奇妙な光景だったのだろう。で、私の返答は、こんな感じ。「取材陣の人数が多いので、一社一社が個別にインタビューしていたら、選手は何度も同じ質疑応答を繰り返すことになり大変です。だから、まとめて一緒に取材する。そのやり方はアメリカ人メディアのタイガーに対する共同取材と同じでしょ。でも、共同取材で聞いたまんまを記事にするだけなら、そりゃメディア間の競争はゼロに等しくなる。自分ならではの視点で分析し、自分ならではのとっておき情報を加え、それで記事にするところに競争が成り立つのです」
われながら、うまく答えられたと思ったのだが、TV局の彼らは最後まで、成績が下位の選手なのに大勢の日本人メディアが囲むというところに疑問を持ち続けた。「日本から2人しか出ていないから」と答えても、「でも、成績が悪い選手のあれこれを日本にいる人たちは本当に知りたがっているの?」と反撃してきた。「知りたがっていると思いますよ。日本から2人しか出ていないんだから」。そこから先は、同じ問答の繰り返しで、ラチがあかず、彼らも質問を変えたが、答えながら私もだんだん疑問に思えてきた。うーん、日本のゴルフファンたちは、実際のところ、日本人選手の一挙一動をどこまで知りたいと思っているのだろうか……。
ともあれ、マスターズという場には、選手、キャディ、関係者、メディア、いろいろな人たちのそれぞれの戦いがあった。それぞれの思いがあった。一番幸せだったのは、そんな戦いを楽しんで観戦したパトロンやギャラリーたち。やっぱり、ゴルフの試合は、純粋に観戦するのが一番いい。

クラブハウス前のインタビューエリアで日本人選手を待つ日本の報道陣たち。
Photo/Sonoko Funakoshi
2007年04月05日
いよいよ、マスターズウィーク。お祭りムードいっぱいのオーガスタだが、うれしさモードいっぱいなのは、なんと言っても、初出場の谷原秀人だ。2年前まで米ツアーで苦しんでいた谷原が、昨年の全英オープンで一気に上昇気流に乗り、今年はとうとう夢のマスターズへ。練習ラウンドを終えた谷原に近寄ってみたら、「こんにちわ!お久しぶりです!」と、それはそれはうれしそうに声をかけてきた。
生まれて初めて通ったマグノリアレーンに感動し、テレビで何度も見て目に焼きついていたオーガスタを自分の足で歩き、球を打つ。そのうれしさを素直に表す谷原を見ていたら、心底、応援したくなる。
パー3コンテストでは実の姉のさおりさんがキャディを買って出た。最後の9番ホールでは、ピン50センチにつけ、バーディパットをさおりさんがドキドキ顔で沈めた。いい思い出になるだろう。開幕前ののどかな風景を眺めていると、なんだか平和な気持ちになった。

Photo/Sonoko Funakoshi
さて、うれしそうなのは選手ばかりではない。初めてマスターズを取材する日本人メディアも、やっぱり感動するもの。クラブハウスの前にマスターズフラッグが立った記念写真撮影の場があるのだが、ギャラリーに混じってメディアも列につき、ちゃっかり記念撮影をしていた。ご覧の写真に写っているのは、左から日刊スポーツの木村記者、朝日新聞の畑中記者、そして読売新聞の高岡記者。撮っているのは私。私はマスターズ取材は初めてではないけれど、こんなふうにギャラリーに混じって記念撮影の場に並んだことは今まで一度もなかったので、やってみると、これがなかなか楽しい!(笑)
取材とはいえ、少しは楽しみながら仕事したほうがよいのかな、なんて思えるひと時だった。

左から木村記者、畑中記者、高岡記者。
Photo/ Sonoko Funakoshi
2007年04月04日
ゴルフが進化したといわれる昨今、確かにゴルフはパワーゲームとなりつつあるけれど、進化したのはそれだけじゃない。顕著な進化--それは、女子プロたちのオシャレぶりだ。
クラフトナビスコ選手権で目にした朴セリ。優勝とグランドスラム達成を期待されながら、最終日にスコアを落としてしまったのは残念だったが、そんな中でも朴がかわいらしいオシャレをしていたのが目についた。ポニーテールの結び目にカラフルなティペッグが数本。一時期、アメリカ女性の間で、日本のお箸をさして髪を止めるオシャレが流行っていたことがある。日本のお箸はアメリカでは高価なものだから、あんまりお金のない学生たちは、お箸の代わりに鉛筆をさしていたりした。朴の場合、このティペッグで髪を止めているわけではないが、ともあれ、かつてはスウィングロボットのようだった朴にこんなオシャレ心が芽生えていることが、ちょっぴりうれしかった。

オシャレといえば、日本の選手はとにかくオシャレ。宮里藍は毎日のようにウエアとピアスとサングラスのフレームの色をコーディネイトしているのが、女の子らしくてかわいかった。そして、オシャレの極めつけは、横峯さくら。彼女の場合は、オシャレというより、お化粧がすごい。何がすごいって、ランチョミラージュの暑さの中でラウンドしたあとも、まったく崩れていないあのメーキャップ技術に恐れ入ってしまった。選手を囲む取材の場で、女性記者や女性カメラマンと横峯のメークの話題になった。「どうして、あそこまで崩れないんだろうね?」「どんな化粧品を使っているのか教えてほしい」「マスカラがピンピンだよね」「できれば、アイラッシュは真っ黒じゃなくてダークブラウンぐらいのほうが、白い肌とのコントラストがつきすぎないで、いいんじゃないの?」なんて会話。こんなに女子プロのメークが注目されるのは、まさに時代の変化。かつての女子プロといえば、メークやオシャレとは無縁のような雰囲気だったのだから。

クラフトナビスコ選手権は、やっぱりオシャレでかわいいモーガン・プレッセルが初優勝をメジャー優勝で飾った素晴らしい大会だった。
そして、今週は男子のメジャー、マスターズ。こちらは男子プロたちのオシャレではなく、彼らの熱い闘志とハイレベルな技術が楽しめそう。誰が優勝するのか。今から楽しみで仕方がない。

この方のおしゃれも、参考になります?クリスティーナ・キム
Photo/JJ Tanabe