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2007年11月28日

少しだけ安心

少し前にお伝えしたエリック・コンプトン選手の話、覚えているだろうか?15歳で心臓移植手術を受け、その後は元気にゴルフに精を出していたコンプトンは、プロゴルファーになり、米PGAツアーの大会にも推薦で何度か出場。今年はネイションワイドツアーで戦っていた。しかし、27歳になった今、突然の心臓発作で倒れ、緊急手術を受けたものの危篤状態に陥っていた。

そのコンプトンが手術から3週間後、かなりの回復を見せ、退院したという朗報が舞い込んだ。あー、良かった。少しだけ安心した。

コンプトンは少年時代の移植手術後、合併症や感染症を抑えるための薬を飲まざるを得ず、そのために顔や体が膨れ上がるほど腫れたりと、いろんな苦労を乗り越えてきた。当時の様子を「ホントに僕が僕じゃないほど、すごい顔だったんだ」と明るく話してくれた彼の少しばかりあどけない表情を思い出しながら、なんとか命を取り留めてくれたらいい、回復してくれたらいい、と祈っていた。退院したと聞いて、ホントにほっとした。

退院の際、コンプトンはこう言ったのだそうだ。「今は人生で初めて、忍耐強くならなければいけない時を迎えているのだと思う」。

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私から見れば、少年時代にも苦労したのに、今回、同じ心臓病で再び苦難の日々に陥った彼が「人生で初めて」と言ったことが、少し不思議に思えた。だが、「まただよ」とか、「どうして僕だけが何度もこんな目に?」とか、そういう恨み言すら言わず、「今を耐えよう」と決意しているのだと、そう想像している。彼がそんなふうに考えているのだとすれば、それは彼が治そう、治ろうと前向きになっている証拠。それが何より良かったと思う。

そして、彼の言葉は私の励みにもなっている。12月半ばに入院、手術を受ける身となっている今の私にとって、しかもこれまで病気らしい病気を経験せずに済んできた私にとって、それこそ今は「人生で初めて、忍耐強くならなければならないとき」なのだが、命に直接影響する心臓病であっても明るく生きようとしているコンプトンを思えば、私の病気などは格段に軽いと思わなければいけない。

そんな事情もあるせいか、コンプトン退院は本当に朗報だった。ゆっくり焦らず、これからも回復に努めてほしい。そして、再びクラブを握り、あどけない笑顔を見せてくれる日が来ることを祈っていよう。

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(コンプトンとは何度か話したことがあるが、性格はとても明るい)
Photo/ JJ Tanabe

2007年11月24日

桃子ちゃんも「幸せもの」?

今回の帰国が日本の男女ツアーの終盤戦真っ盛りと重なっているのはラッキーだ。例年なら映像を見ることができない日本選手の熱戦を今年は味わえる。米ツアーとは、いろんな面で違いはあるものの、やっぱり母国のゴルフには米国にはない何かが感じられる。

史上最年少賞金女王に上田桃子選手が輝き、彼女のうれしそうな表情を眺めるにつけ、思い出されるのは彼女が師事している江連忠コーチとの初めての出会いだ。

あれは、諸見里しのぶがまだ高校生のときだった。米LPGAの大会にアマチュアながらスポンサー推薦を受けた諸見里の取材に行ったら、彼女のバッグを担いでいたのが江連コーチだった。練習ラウンド後のインタビューで、2人とあれこれ話をしていたら、江連コーチがこう言ったのだ。

「しのぶは幸せものだよ。まだ高校生なのに、このオレと出会っているんだから」

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一瞬、目が点になった。すごい自信!江連忠って何者だよと思ったのだが、その驚きは、すぐさま納得に変わった。これほど自分のコーチングに自信を持っていれば、生徒であるプロゴルファーだってコーチの指導を信じることができるだろう。自信を持ってこそ、プロだ、と。

実際、江連コーチはアメリカの本格的なゴルフコーチング法を身を持って学び、しっかりした裏づけのある指導法を日本のゴルフ界に持ち込んだ先駆者的存在だ。いわゆる我流の押し付けではないわけだから、その効果はいずれ形になって現れるだろうと思った。

今年の諸見里の日本女子オープン優勝やミズノクラシック優勝による上田の米ツアー初勝利、賞金女王タイトル獲得は、その証なのだと思う。

あのとき江連コーチが言った「しのぶは幸せもの」という言葉を思い浮かべると、次に思うのは、「だったら、桃子ちゃんも幸せもの?」という疑問だ。私が彼女と彼女のゴルフを直接取材したのは今年の全英女子オープン。はっきりモノを言うタイプの上田と江連コーチの関係は、盲目的に江連コーチを「先生」と慕う諸見里と江連コーチの関係とは、少しばかり様子が異なって見えた。それに、江連コーチの口から「桃子は幸せものだよ。このオレと出会ったんだから」という言葉は、まだ聞いていない。が、いずれにしても賞金女王になった背景に江連コーチの力が大きく作用したことは間違いない。コーチの存在は、それほど偉大だ。

来季は日米半々ぐらいで参戦予定だと聞いている。アメリカで上田に会ったら、まず最初に尋ねてみようと思う。「桃子ちゃんは江連コーチと出会えて、幸せもの?」

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(来年はアメリカが主戦場に?)
Photo/JJ Tanabe

2007年11月21日

08年は予選通過が難しくなる!?

米PGAツアーの08年概要が発表された。気になることがいろいろ発表されたのだが、中でも「大変になるなあ」と感じたのは、予選通過に関する変更点だ。

今季まで予選通過ラインは2日目を終えて上位70位タイまでだった。同スコアが何人もいれば予選通過者は80名とか90名とか、そんな人数になることもあった。そのため、大人数での決勝は、ちょっとでも雨天や雷雨によるサスペンデッドなどが起これば、全員がホールアウトできず、日没サスペンデッドで翌日へ持ち越しとなった。

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(丸山茂樹がシードを決めた試合は、最終日が日没サスペンデッドとなり、月曜朝まで持ち越しとなったのは記憶に新しい)

そこで来季からは、上位70位タイまでの人数が78名を越える場合、70名に近いスコアをカットラインとすることになった。つまり、どんなときも決勝進出人数が70名前後になるように設定するというわけだ。この人数なら、ちょっとぐらい中断しても決勝ラウンドがだいたいその日のうちに終わるだろうという計算なのである。

しかし、選手にしてみれば、この差は大きい。それでなくても米ツアーの場合は予選通過そのものが大変なのに、カットラインが1打変わってくると、選手たちの明暗も大きく変わってしまう。

それにしても、日本に比べアメリカでは、どうして日没サスペンデッドが多いのだろうと思われる方もいるかもしれない。その原因は、米ツアーがテレビ放映を第一に考えてスタート時間を設定するからだ。アメリカの場合、東海岸時間で午後6時にテレビ中継が終了するよう、すべてを組む。最終組が6時にフィニッシュするところから逆算して、最終組のスタート時間を午後1時半ごろに設定。そこから遡って前の組、前の組と時間を設定していき、トップスタートは午前9時とか、10時とか、決めるわけだ。もちろん、あらかじめ雷雨接近などの予報が出ていれば、スタートを早め、テレビは録画で放映となるのだが、予報が外れた場合に日没サスペンデッドとなることが多い。

一方、日本の場合は、テレビ放映の時間も早めのため、最終組のラウンド終了時間もアメリカに比べると滅法早い。また、日本にはアメリカのような激しいストームなどの悪天候になりにくいこともあり、それほど試合進行が乱れないのである。

日米の天候の違い、テレビ放映時間の違い、テレビ放映を重視する度合いの違い、いろんな要素が組み合わさった結果、日米のツアーでは諸々の違いが出ているわけだが、今回の米ツアーの予選通過規定変更は、来季の日本人選手にとっても重大なチェンジ。せっかくシードを獲得した今田竜二や丸山茂樹、準シードの丸山大輔らは、一層厳しい戦いを強いられる。大変だなあと思うけれど、決まってしまったことは仕方がない。とにかく、がんばれ!

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(これまで以上に1打の重要性が増す)
Photo/JJ Tanabe

2007年11月15日

プレーオフ中にピン位置チェンジ!?

先日の日本の女子ツアーの大会、伊藤園レディス最終日をテレビで観戦していた。北田瑠衣、茂木宏美、佐伯三貴の3人によるプレーオフは、18番ホールだけを繰り返して行なわれたのだが、これを見ていて、ちょっとビックリ。というのも、プレーオフ3ホール目に入るとき、ピン位置を変えていたからだ。

えっ、プレーオフの最中にピン位置をチェンジするの!?

この光景、アメリカでは男子ツアーでも女子ツアーでも、目撃した記憶がなかったため、ちょっと驚いてしまったのだ。すぐに米PGAツアーと米LPGA双方に問い合わせをし、やっと返事が得られたのだが、やっぱり両ツアーとも「プレーオフ中にピン位置を変えることはないし、過去にも変えたことはない」ということだった。

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なぜ、日米では、このような違いがあるのか。

まず一つは、米ツアーの場合は、とにかくテレビ放映が最優先。というより、テレビ写り、つまりテレビ観戦している人々が一番喜ぶ進行方法を採用するからだ。そのため、単調に18番を繰り返すより、どんでん返しが起こりやすいホールを含めて「18番→1番→18番」とか、「18番→1番→17番→18番→1番」とか、「18番→16番→17番→18番」とか、「18番→10番→18番」とか、上がりの18番を含めた数ホールの組み合わせ(の繰り返し)を採用することが多く、その使用ホールを開幕前からあらかじめルールオフィシャルによって決められている。となると、18番の繰り返しに比べれば使用ホールそのものにバリエーションが出てくるため、プレーオフ中にピン位置を変えなくても、エキサイティングな展開が可能になるわけだ。

もっとも、この方法だと、現場で見ているギャラリーにとっては、あんまりうれしくない場合もある。各ホールのレイアウトによっては、1番のあとに18番まで歩いていくのが大変だったりすることもあるわけだし、その場合、選手たちはカートのお迎えが来て移動してしまうため、全速力で走っても追いつかないことになる。もちろん、取材する我々メディア、特にカメラマンにとっても、こういったケースだと、どうやって動いたらいいのかが非常に悩ましいわけだが、「きっとあそこで決着するだろう」という具合に、山勘で動く以外に方法がない。だが、テレビ観戦に盛り上がりを持っていこうとするツアー側の意志は固く、そうなれば現場の観戦や取材の不都合は二の次となる。

一方、今回の日本の方法は、18番のみの繰り返しだから、現場のギャラリーもメディアも関係者も、そのホールだけに注目することができ、簡単便利。同一ホールばかりを複数回プレーすることになったら、途中でピン位置を変えるというのも、確かに一つの手だなと、ちょっぴり感心させられた。

ただし、「レギュレーションのプレーではああやって攻めたけどプレーオフではこうやって攻めた」という攻略法の違いなども含めて勝敗を決するのがプレーオフのあるべき姿だという考え方もある。たとえ、同一ホールの単調な繰り返しであろうとも、ピン位置はずっと最終ラウンドのときのまま維持し、何度も繰り返す中で、「あの選手は、3度目も4度目も、攻め方を変えなかったから勝った」とか、「そのときどきのわずかな風の違いを的確に読んで、攻め方を柔軟に変えたから勝った」とか、そんなストーリー性を味わえるプレーオフにするためには、ピン位置は変えないほうがいい。

日本と米国、その方法は、まあ、どっちもどっち。どちらかに軍配を上げるべき問題ではなさそうだ。

ちなみに、米PGAツアーでの最多プレーオフは1949年の11ホール。近代では、1965年、78年、81年、83年の8ホールが最多。米LPGAでは72年の10ホール、04年の7ホールが最多。こんなにたくさんのホール数を同一ピン位置で戦ったのだから、これぞまさしく我慢と忍耐の戦いだったはずだ。ゴルフは、やっぱり我慢、我慢!

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(ピン位置の変化は、選手の戦略に大きな影響を与える。)
Photo/JJ Tanabe

2007年11月12日

日本人選手に朗報!?

日本滞在、数日が経った。実家でくつろぐのは、なんとも天国。今朝はレギュラー出演しているラジオの生放送の日で、早起きしてしゃべりまくっていたのだが、知らないうちに部屋の外の廊下に両親が座り込み、聴衆となって聞き入っていたから思わず笑ってしまった。

とりあえず日本滞在中は取材には行かないため、普段よりずっと時間がある。こんなときほど、じっくり資料やデータに目を通すことができるわけだが、その中に、「オー、やったじゃん!」と思えるデータがあった。

米PGAツアーの平均飛距離が93年以来、初めてダウンしたというのだ。ご存知の通り、米ツアー選手たちの飛距離は、用具の進化とあいまって飛躍的に伸び、ずっと伸び続けてきた。しかし、昨年の平均飛距離が289.3ヤードだったのに対し、今年は289.1ヤードと0.2ヤードのダウン。たった0.2ヤードとも言えるけど、平均値の0.2ヤードは、個人別に見ると、結構大きかったりするものだ。実際、昨年も今年も飛ばし屋ナンバー1に輝いたババ・ワトソンの飛距離は、昨年319.6ヤードから今年は315.2ヤードへと4ヤードもダウン。4ヤードの差は、なかなかの差だ。

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(平均飛距離、堂々1位のババ・ワトソン)

周囲の選手たちの飛距離の伸び、それにともなうコースの伸長は、米ツアーで戦うショートヒッターたちにとっては、どうしようもない悩み。丸山茂樹や今田竜二、丸山大輔、そしてメジャー等を中心にアメリカへやってくる片山晋呉など、誰もが飛距離差に苦しんでいる。そんな中で、平均飛距離がダウンしたという事実は、彼らの好成績をいきなり導き出すほどの即効性こそないが、いずれにしても朗報ではある。

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(日本人のなかで飛距離1位は丸山大輔。288.6ヤードで98位。)

それにしても、平均飛距離がダウンした理由は何だろう?想像するに、用具開発のテクノロジーがそろそろ限界に達したということではなかろうか。これまでは新開発されたドライバーを握るたびに、その効果で飛距離が伸び続けてきたが、テクノロジーの進化が限界となって去年も今年も同レベルのテクノロジーによるドライバーを選手たちが握っていたとすれば、方向性アップのためのスウィングに変えたり、難しい設定の中で振りきりが少しでも悪くなれば、これまで伸び続けてきた平均飛距離はどうしたって下がるわけだ。

今後もテクノロジーがさほど進化しなくなるとすれば、ワザ勝負、パット勝負という面がより重要性を増してくる。つまり、全体的な飛距離レベルは高いながら旧来のゴルフの戦いに戻るのではないか。そうなれば、ショートゲームがうまい丸山や今田の優勝のチャンスも増大する。うーん、やっぱりこれは朗報だ。
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(シーズンを通して不調だった丸山茂樹は277.7ヤードで180位。)
Photo/JJ Tanabe

2007年11月09日

過去の人?

日本の病院で再検査と、おそらくはちょっとした手術を受けるため、昨日、帰国した。NYから成田への飛行機の機内。日本人乗客2人のゴルフの話が耳に入ってきた。どちらもビジネスマン風。一人は日本在住、もう一人はNY在住のようだったが、この会話についつい聞き入ってしまった。

「宮里藍って、今、どこで何してるんだ?」
「なんか調子悪くて、日本に戻ってるって話だよ」
「もうアメリカから撤退したの?」
「それは知らないけど、日本のスターは、もう藍ちゃんじゃなくて、ハニカミ王子だからね」
「ハニカミ王子?」
「知らないの?石川遼っていう高校生。ゴルフのニュースはハニカミ王子のことしかやらないよ」
「そうかあ。藍ちゃんも気の毒だね。もう過去の人ってわけか……」

過去の人--というわけじゃない。調子が戻せず、喘いでいるのは確かだが、宮里のプロゴルファーとしてのキャリアが終わってしまったわけじゃない。まだまだ彼女に未来はある。それなのに、一般の人々が彼女のことを「過去の人」と言い放つ背景には、やっぱり日本のメディアの報道姿勢に問題があるのだろう。

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(05年9月のLPGAのQT第1ステージの様子。練習日から多数の日本人メディアがいた。)

藍ちゃんブームを作り出したのは日本のメディア。明けても暮れても「藍ちゃん、藍ちゃん」と報道し、彼女を一気に「時の人」へ。米ツアーデビューとなれば、どこまでも追いかけ、「初優勝は今週か、来週か?」と追い掛け回した。「初優勝」という言葉を、そんなに早く投げかけるのは彼女に必要以上のプレッシャーを与えるから残酷だと、いつも思っていたが、案の定、その残酷取材の果てに、彼女は追い込まれていった。もちろん、取材の仕方のせいだけで彼女が不調に陥ったわけでは決してない。だが、一因が日本のメディアの取材姿勢にあったことは否めない。

そして、一旦不調となると、あっという間に宮里から離れ、今度も明けても暮れても「ハニカミ王子」。たとえ予選落ちしても、初日と2日目のラウンドを振り返る映像がテレビで流されるなんて現象は、アメリカでは「ありえな~い!」ってものだ。そんな報道姿勢だから、人々が「石川遼=時の人、宮里藍=過去の人」と思ってしまうわけだ。

その時々の旬の情報を迅速に伝えるのが報道の使命。スポーツ報道においても「旬の情報=石川遼情報」をつぶさに伝えるのは、確かにその使命を遂行しているということなのだろう。だが、問題は偏りだ。ゴルフ報道がハニカミ王子一色になってしまったら、旬は捉えていても、全体をカバーしてはいないということになる。つまり、ほんの一部の報道に過ぎないということになる。

そういえば、先日、丸山茂樹が首位タイで2ホールを残し、優勝争いとシード獲得の行方が翌日に持ち越されたとき、明日はどこかの新聞か雑誌の記者やカメラマンが駆けつけるかもしれないと思った。過去に丸山の優勝の可能性が高まったときは、少なくとも5人前後の日本メディアがぎりぎりで駆けつけた。今年、今田竜二がAT&Tクラシックで優勝に王手をかけたときも、最終日には私を含めた数人が現場へ駆けつけた。だが、今回の丸山の元へは誰も来なかった。その意味では、丸山も日本のメディアから「過去の人」の烙印を押されてしまったのかもしれない。それは、あまりにも淋しいことだ。

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(丸山が優勝争いを演じた『ギンクラシック』。私たちのほかにいたメディアは放送局のNHKのみだった。)
Photo/JJ Tanabe

「過去の人」なんて表現は、少なくともゴルフには当たらない。いつ、何がどうなるか、まるでわからないのがゴルフだ。丸山が再び米ツアーで優勝するかもしれないし、藍ちゃんが突如、絶好調に戻ることもあるかもしれない。逆に、石川遼のゴルフが何をどうやっても80を切れない状態に陥ることだってないとは言えない。「時の人」の未来も「過去の人」の今後も、誰にも予測はできないはずだ。

そんなこんなを考えると、今の日本のハニカミ王子ブームが恐ろしくてたまらない。いつか、メディアの餌食になってしまうのではないか。今度、飛行機に乗ったら、「ハニカミ王子?あれは、もう過去の人だね」なんて会話が当たり前のように聞こえてくるのではないか……。

こんなことを続けていたら、いつまでたっても、タイガー・ウッズのような本物のスターは育たない。日本のスターを短命に終わらせないためには、もう少し、メディアの姿勢を変えなければダメだと思う。

2007年11月07日

ハッピーエンド

米PGAツアーの07シーズンが先週、終了した。いろいろなことがあった1年だったが、3人の日本人選手にとっては、ある意味、ハッピーエンドとなって本当にほっとした。

フォールシリーズに出てトップ30を目指していた今田竜二は最終ランク65位となり、マスターズ出場権は得られなかったものの、トップ70入りを達成。ずっと念願だったアーノルド・パーマー招待などのインビテーショナルにも出場できることとなったため、その表情は明るかった。

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来季シードが危うかった丸山茂樹も終盤ぎりぎりで2位タイになり、最終ランク105位で08年も米ツアー出場が決定。暗い顔ばかりしていたマルちゃんにあのスマイルが戻ってきたことはなんともうれしい限り。

そして、最後の最後まで、みんなで心配していたのが丸山大輔だ。125位に入れなかった場合、Qスクールを受けるという覚悟は固かったが、問題は150位までに食い込んでQスクール最終ステージから挑戦できるのか、それとも151位以下に終わってセカンドステージからの挑戦を強いられるのか、という点だった。最終戦では前半7、8、9番で連続バーディを奪い、なんとか予選通過はできそうな位置まで上がったというのに、折り返した直後の10番でプロアマに出場していたアマの付き添いできていた日本人2人が運転する乗用カートがなぜかカート道を逆行してきて、急ブレーキ。ティショットを左にひっかけ、ダブルボギーとなった大ちゃんは、それ以後、立ち直れず、予選落ちとなった。

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それでも「僕がスウィングをやめて仕切りなおせばよかったんですけど……」と、アマチュアを責める言葉も発せず、去っていった大ちゃん。日本の取材陣(いつもの少人数)と決勝に残った今田は、最後まで大ちゃんのランクが気になって仕方がなかった。

メディアセンターに設置されたコンピューターは、予想ランクを刻一刻、表示する。大ちゃんのランクは150位になったり151位になったりで、気が気ではなかったが、どうにか149位で終了。これでQスクール最終ステージに直接いけることとなり、会場にいた日本人はみんなで大喜びした。

Qスクールは水もの。何が起こるかわからない。セカンドステージからの挑戦となれば、大ちゃんが通る確率は格段に下がる。だが、最終ステージからなら6日間の長丁場とはいえ、なんとかなりそうに思える。来季も今年と同じ3人が顔を揃えてくれたら、これほどうれしいことはない。

それにしても、今年から始まったフェデックスカップシリーズの効果もあって、トッププロとそうではないプロのシーズンの長さには大きな差ができてしまった。トッププロたちは9月のツアー選手権で早々にシーズンを終了。その後は休暇を取ったり、海外遠征に行ってエクストラマネーを稼いだり。アピアレンスフィも出て、賞金も稼げるわけだから、彼らにとって海外遠征は、お金をもらって楽しめる海外旅行のようなものだ。一方、シード争いの選手たちは先週まで必死の戦いを繰り広げていたわけだし、大ちゃんのように来季シードが決まってない選手たちは11月末から12月初旬までQスクールという修羅場に身を置くことになる。そうなれば、オフなんてものは1ヶ月もないことになる。

うーん、プロゴルフ界も我々の社会も、貧乏暇なしということだろうか?

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(07年の丸山茂樹はずっと沈んでいた。しかし、最後まで頑張った結果として、シードをキープできた。頑張っても結果が伴わない時もあるが、頑張っていなければ決して良い結果は生まれない。丸山大輔の最後まであきらめずにトライし続ける態度に大きく期待したい。)
Photo/JJ Tanabe

2007年11月04日

スポンサードの仕掛け

米PGAツアーの最終戦はフロリダ州オーランドのウォルトディズニーワールド内で開催されている。この大会、昨年までは「フナイクラシック」と呼ばれており、古くは「ディズニークラシック」の名で親しまれていた。ディズニーワールド内のゴルフコースが舞台だから、ディズニーの名で人々から覚えられるのは当然だが、今年から大会名は「チルドレンズ・ミラクルネットワーク・クラシック・プリゼンテッド・バイ・ウォルマート」に変わり、もうどんな愛称で呼んだらいいのか、わからないほどその名は長い。だから、結局、選手や関係者は「ディズニー」という名前を通してしまうことになり、今年からのスポンサーにとっては頭の痛い話だ。

ところで、この新しい大会名、一体何なのと思われることだろう。チルドレンズ・ミラクルネットワークというのは、いわゆる慈善団体。未熟児など乳幼児を専門とする病院と提携しながら、子供たちを助ける活動を主体としているチャリティ団体である。今大会に推薦出場している16歳のタッド・フジカワは、この団体の提携先病院で超未熟児として生まれ、生存確率50%の危険を乗り越えた経緯があるため、今回、晴れて出場がかなった。

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(初日、フジカワと同組でプレーしたのは15歳のマッケンジー・クライン。心臓疾患の手術したばかりで、久々に16ホールを歩いた。「18ホール歩くのが目標」とか。)

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Photo/JJ Tanabe

この団体が冠スポンサーであることは、大会名からもすぐわかる。だが、大会名の最後にくっついているウォルマートは、スポンサーなのか何なのか。聞けば、これはなんと便宜上、くっつけられた付帯スポンサーなのだそうだ。大会スポンサーになると、莫大なスポンサー料を払う代わりに、入場料等々からの収益を得ることになる。しかし、チルドレンズ・ミラクルネットワークは慈善団体ゆえ、表向きは収益を得てはいけない立場。だったら、どうしたらいいのだろうということで、出てきたアイディアが「プリゼンテッド・バイ・○○」という形で付帯スポンサーをくっつけること。つまり、表向きの書類上は収益をウォルマートが得て、ミラクルネットワークはスポンサー料を払うだけで収益は得ないということにすれば、お金の流れの問題は丸く収まるということなのだそうだ。

ということは、ウォルマートは名前と口座を貸しているだけ?大会関係者によれば、「そういうこと。だから来年はウォルマートがKマートに変わるかもしれないし、マクドナルドやケンタッキーフライドチキンに変わってもおかしくはない」ということだ。

それでは、会場となっているディズニーの立場は?「今年からは単にコースをPGAツアーへ貸しているだけの立場になった」ということで、みんなから「ディズニー」と呼ばれ続けているわりには、大会への経済的貢献度は低くなった。

ウォルトディズニーワールド内には、この大会の使用コースであるマグノリア、パームのほかにも、すばらしいコースがあるのだが、近いうちにそのうちの2つが大手ホテルチェーンへ売却されるという話を耳にした。なんとなくディズニーはゴルフビジネスから少しずつ手を引きつつあるようで、そんな動きがちょっぴり気になる。

しかし、それでも会場内には、あちらこちらにミッキーマウスの人形やらなにやらが置かれているし、「お静かに!」のボードには「ネズミみたいに静かにしてね」のフレーズ。「ネズミはチューチュー鳴いてうるさいんじゃないの?」と思うのだが、これはまあディズニー流のジョークらしい。ともあれ、スポンサー名がどう変わろうとも、開催場所がディズニー内である限り、人々がこの大会を「ディズニー」と呼ぶ習慣は変わらないだろう。

2007年11月01日

正直者

ラスベガスで開催されたフォールシリーズ第4戦の最終日。丸山大輔がパー3で「9」を叩いて終わった。
丸山茂樹と今田竜二のラウンドについていた私は、丸山(大)のホールアウトに間に合わず、大叩きの事実をあとから知ったが、すでに丸山(大)はコースを去った後で詳細がわからずじまい。米PGAツアーのルールオフィシャルにも問い合わせたが、真相はわからなかった。

先週は丸山(茂)の優勝争いの取材に終われ、またまた丸山(大)と接触するチャンスを逃してしまったのだが、今週の最終戦会場で、やっと大ちゃんに会えた。

あの大叩き、ドロップミスによるペナルティだったということだけは、なんとかわかったのだが、一体、何がどうなったのかと尋ねようとしていたら、大ちゃんのキャディを務めるリック・アドコックスが、質問の気配を感じ取ったのか、自ら近寄ってきて、こう言った。
「あのペナルティはオレのせいだったんだ……」

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ティショットを池に落とした大ちゃん。ルールにのっとってドロップしたのだが、そこは地面が傾斜しており、ドロップしたボールは転がって池に落ちそうになった。そういう場合、赤杭(ラテラルウォーターハザード)の有効範囲を示す赤い線をボールが転がって越えてからならキャディはキャッチして止めてもよいことになっている。リックは、ボールが赤い線を越えたか越えないかのぎりぎりのところでキャッチしたという。同組だったティム・ヘロンのキャディはその様子を目撃しており、そのキャディも「問題ないよ」と言ったそうだ。

しかし、リックは「やっぱり、赤い線を越える手前でキャッチしてしまったような気がして仕方がなかった。たとえ、同組の選手やキャディがOKだと言ってくれたとしても、もしも自分のキャッチの仕方がルールに抵触していて、そのままダイスケがスコアカードを提出してしまったら、後から違反だったと判明した場合、もちろんダイスケはDQ(失格)になる。が、それより何より、ルール違反をしたかもしれないと思う以上、自己申告するのは当然だ。ゴルフってものは、そういうものだと思ったんだ」。だから、アテストテントでリックはその事実をダイスケとツアー側に伝え、大ちゃんはリックの行為をルール違反だったと認めて、4打罰を加えたスコアを提出したのだそうだ。

大ちゃんは、来季シード権を獲得するため、賞金ランク125位を目指している立場。1ドルでも多く稼ぎたい、1つでも賞金ランクをアップしたいという必死の思いで戦っている。そんな状況にあっても、同組の面々が「OKだよ」と言ってくれても、それでも自己申告したリックとそれを認めて自ら4打のペナルティを加えた大ちゃんは、ゴルフに携わる人間として立派だ。

そういえば、昨年の同大会では、大ちゃんのバッグを担いでいたキャディがラウンド中に誤球し、大ちゃんは2打罰を食らった。どうしてだかラスベガスでは何かが起こる大ちゃん。だが、泣いても笑っても、今週が今季最終戦。賞金ランク125位に入るためには、今大会で少なくとも単独3位以上に食い込まなくてはならない。「ダメならQスクールに行きます。最後の最後まで悪あがきします」。

がんばれ、大ちゃん。立派な心がけ、立派な行為は、必ず報われると信じたい。

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最後まで可能性を信じて、、。
Photo/JJ Tanabe

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