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舩越園子のGOLF JOURNAL

2007年12月21日

ただいま~!戻りました!

みなさん、ただいま~!一昨日、退院しました。ご心配かけて、本当にすみませんでした。手術も無事に終わり、翌朝には、とっとと歩けるほど猛スピードで回復。1週間ほどの入院生活中、お見舞いに来てくれた方々からは「病気になる前より今のほうが元気そう」などと言われ、うーん、やっぱりこれは神様がくれた「必要な休養期間」だったのだと確信してしまいました。

自分の身体、自分の命が、これからどうなってしまうのだろうかという不安は、NYで最初に検査結果を聞いたときから常につきまとって消えず、不安で不安でたまらなかったのですが、いざ入院し、手術を受け、回復期間を病院で過ごした1週間は、あんなに広がっていた不安もすっかり消え、むしろ人生勉強になったなと、今は感じています。

Sonoko@Tokorozawa1.jpg

まず痛感したこと。私は普段、孤独を感じることも多かったのですが、実はものすごく「人」に恵まれていたのだということを身をもって感じました。幸いにも私の高校時代の同級生が大学病院で医師をしており、今回は彼の同期の医師が私の主治医・執刀医になってくれました。そして、私がアメリカ暮らしであることやアメリカが仕事の場であること等々に多大なる配慮をいただき、看護師さんたちも私の不安を拭うために、あれこれ気を配ってくれました。

手術をめぐっては、それなりに大変なこともあり、泣いたりわめいたり、まるで取材するかのように先生にしつこい質問攻めをしたり、いろいろあったのですが、一番うれしかったのは、手術室で麻酔が効くのを待っている最も不安な状況下、主治医の先生が手を握っていてくれたこと。あの温もりが、どれほど心を落ち着けてくれたことか……。

そして、先生の手の温もりを感じながら、過去の取材の際、勝利をつかんだ数々の選手と交わした握手、勝利を逃したけれど晴れ晴れとした表情だった丸山茂樹選手との握手、帰国前に「手術、がんばってください」と手を差し出してくれた今田竜二選手との握手、いろんな選手たちとの握手を思い出しました。

握手は、その場で自然に行なう一瞬の行為。けれど、手と手を交わす温もりには、さまざまな思いが込められており、その思いが温かさとなって伝わり、冷たい心も温めてくれる。そんなことを感じながら、いつしか気が遠くなり……そして、手術が終わったというわけです。

看護師さんたちの笑顔、手術直後の夜通しのケア、回復し始めた私に「すごい、すごい!」と、ちょいとオーバーなぐらい激励してくれた優しさ。

仕事の内容は違っても、プロフェッショナルとは、こういうものだと思いました。専門知識や専門技術は、その仕事においてはあって当然のもの。大切なのは、接する相手の気持ちや立場をどこまで考えることができるか。それは、私が取材において選手や関係者と接するときにも、そっくりそのまま当てはまること。そして、「選手の心情」は、私がこれまで一番大切に考えてきた取材上の第一優先項目。今までやってきたことは間違っていなかったんだと思いつつ、これからも、そういう取材をして、そういう原稿を書きたいと、そう思いました。

もうしばらく日本滞在が必要ですが、焦らずきっちり回復してからアメリカ取材に復帰したいと思います。みなさんからのたくさんの応援の言葉、本当にうれしかったです。大勢の方々が私の原稿を楽しみに待っていてくれるんだと思うからこそ、早く治して回復したいという気持ちになれるんだと思います。私自身、一生懸命がんばっていきますので、どうぞ、みなさん、これからもお付き合いくださいね。

大勢のみなさん、ホントにホントに、ありがとうございます。

舩越園子

Sonoko@Tokorozawa2.jpg
(元気になりました)
Photo/JJ タナベ

2007年12月11日

行って来ま~す!

今回は、私から、みなさんへのご挨拶です。

たまたまNYで受けた検査で異常が発見された私は、その後、さらなる検査・治療のため帰国しておりますが、いよいよ入院、手術となりますので、このブログ、ほんの少しの間、お休みさせていただきます。いつも読んでくださっている方々に申し訳ない思いでいっぱいですが、しばし、お待ちくださいませ。

手術と言っても、大掛かりなものではないので、ご心配は無用です。すぐに回復して、また元気にいろいろなことをお伝えしたいと思います。

93年に渡米して以来、病気らしい病気をしたこともなかった私ですが、とうとう病気らしい病気(?)にかかってしまいました。が、これもきっと神様のおぼしめし。というか、少しだけスローダウンして休みなさいというメッセージだと受け止めています。神様のおっしゃる通り、ほんの少しだけ、お休みさせていただくことにしました。

なんとなく、神様、神様と書くと宗教がかって聞こえますね。私、クリスチャンではありません。仏教徒というほどのものでもありません。が、苦しいときは、やっぱりお祈りもしてしまいます。それに、取材の折りは、ときどき「ゴルフの神様」なんてものの存在を肌で感じているので、この際、私に休暇をくれた神様は「ゴルフの神様」ということにしておこうと思います。

ゴルフの神様、無理矢理(?)、お休みをくださって、ありがとう!
元気になったら、すぐにこのブログ、更新します。
みなさんも、流行しているインフルエンザなどにかからないよう、お体、お気をつけください。

それでは、行って来ま~す!

舩越園子

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(08年、PGAツアーがハワイで開幕するころには元気になっているでしょう。)
Photo・JJ

2006年12月30日

いよいよ、07年

いよいよ、07年が目前まで迫ってきた。アメリカでは、ドタバタとしたニュースが次々に飛び込んでくる。フォード元大統領が死去したと思ったら、マイク・タイソンがドラッグ所持使用で逮捕。そして、タイガー・ウッズの開幕戦欠場。暦の上で、年末だ、年始だ、休暇だと言っても、世の中はめまぐるしく動いているのがよくわかる。

ちょっとばかり、暗いニュースが多く、とりわけ王者の開幕戦欠場は、新しいフェデックスカップのシステムでスタートする米PGAツアーの07年にも暗い影を落とす。だが、米ツアーには、スターがいっぱい。それに、開幕戦がすべてというわけじゃない。とにかく、画期的な試みを開始する米ツアーには、是非とも成功を収めてもらいたい。

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賛否両論のスケジュール大改革を断行したフィンチェム氏。今は成功を祈るのみ。

さて、私自身にとって06年は、いい年だった半面、悪い年でもあった。仕事面は上々。健康面は最悪。アメリカ生活14年目にして初めて経験した病院通いは気分がめいったが、「長い人生、そんなこともあるさ」と人生の先輩方は声をかけてくれた。

そう、悪いことの後には、必ずいいことがある。それは、これまで取材した選手たちの多くが教えてくれたことでもある。

07年が自分にとっても、みなさんにとっても、いい年になってほしいと願いつつ、今年の最後のご挨拶とさせていただきます。今年1年、このブログを読んだり応援したりしてくれたみなさんに、この場を借りてお礼申し上げます。来年も、どうぞよろしくお願いします。それでは、みなさん、良いお年をお迎えください。Smile

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今年、米ツアーで無勝だったエルス。年の瀬に地元南アでようやく勝利。

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アダム・スコットも、最終戦にして今季初勝利を挙げた。

PHOTO・JJ TANABE (みなさま、良いお年をお迎えください。)

2006年11月07日

NYCマラソン

昨日、NYシティマラソンが行なわれた。と言っても、マラソンの日だということを、まったく知らなかったのだが、朝起きて、なんとなく外が騒がしいと感じ、窓を開けて見ると、真下を走る1st アベニューの両サイドにフェンスが建てられていた。交通整理のポリスも立っており、フェンス越しには大勢の人々がコーヒーやら飲み物やら旗やらを手にしてランナーを待ちわびている。それで初めて、NYマラソンの日であることに気づいたというわけだ。

しばらくすると、まず走ってきたのは、身体障害者のランナー。ちょっと不思議な形をした車椅子レーシングカーのようなものに乗って、ビューン、ビューンと走り去る。普通の車椅子のようなものに乗ったご老人と、その後ろを息子と思われる2人の若者が一緒に走る姿には、一段と大きな拍手と歓声。すごいなあと感心させられた。

それから、さらにしばらくすると、ついにランナーたちがやってきた。最初は、かなり早い組の人々が1人、2人とまばらにやってきたのだが、30分も経たないうちに、ランナーの大群が押し寄せてきた。1stアベニューは北へ向かって走る一方通行4車線。その道路いっぱいに、何百人というランナーが大地を踏みしめ走り続ける……その様子は壮観だった。

実は私、NYCマラソンを見たのは初めて。面白くて窓辺から離れられない。飽きることもなく、1時間以上、じっと眺めていたら、1stアベニューが、どうしたわけだかフェアウエイに見えてきた。ゴルフなら目の前のフェアウエイを行くのは、多くて選手が3~4人。キャディやマーシャルなどを加えても、フェアウエイ内にいるのは、せいぜい12人ぐらいだ。人数的には、まるで異なる状況なのだけれど、長く続く1本の舞台があって、その舞台上で主役が必死に力を振り絞り、舞台の両サイドで大勢の観客たちが応援しているという点は、ゴルフもマラソンも同じ。スピード感はまるで違うし、種目も違うけど、私には1本の道がフェアウエイに見えて仕方がなかった。

このマラソン、私のNYでのお姉さんのような存在である日本人女性のぞみさんが、アメリカ人のご主人ジョシュと2人で毎年参加している。のぞみさん夫婦は、もう真下に見えるフェアウエイを通りすぎてしまったのだろうか。方々に電話をかけ情報収集してみると、おそらく30分後ぐらいに通るらしいとわかった。慌ててカメラを持ち出し、フェアウエイのロープ際ならぬ道路のフェンス際へ駆け寄った。

まだかな、まだかな……。30メートルほど先に、お揃いの白いトレーナーを来た2人が見えた。女性の胸に「NOZO」が見えた。あっ、来た!のぞみさんだ!走ってきた彼女も私を見つけた。「のーぞーみー!がんばれ~!イエー~!」信じられないほど大声で叫んだ。彼女は走っている最中だというのに、フェンス際の私のそばまで寄ってきてハグ。そして、また走り去っていった。

なんだか、ものすごくうれしくて楽しかった。フェアウエイをゆく選手の中に、お目当ての選手を見つけ、その選手が観衆の私のそばまでやってきて、ハグしてくれた。感激!

そして思った。ゴルフの試合を見に行ったギャラリーや子供たちは、選手にこんなふうにしてもらって、サインや握手をしてもらったら、こういう感激を得るものなんだ、と。その感激は、何にも変えがたい喜び。なんとなく自分もその競技に参加したような喜び。だからこそ、ゴルフでも選手とギャラリーの触れ合いは大切なのだ。そして、その大切さを、マラソン観戦を通して学んだことが、なんとの不思議な日曜日だった。

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Photo/Sonoko Funakoshi

2006年04月01日

軽トラ

今週も引き続き、自宅療養中。と言っても、もうかなり体調は回復し、来週のマスターズからは現場復帰できそうだ。パソコンを開き、メールチェックしていたら、相棒カメラマンのJJ田辺が、またまた面白い写真を送ってきていた。ゴルフ場内を走る軽トラックの写真。こんなもの何が面白いのかというと、JJ田辺は得意げにこう説明した。「アメリカの公道では、軽トラックが走れないんですよ。だから、アメリカでこういう軽トラを見るのは、ゴルフ場とか、そういうところだけなんです」とのこと。アメリカで小型トラックといえば、荷台がついたピックアップトラック。日本製の軽トラは、アメリカでは小さすぎて(?)、ナンバープレートが取れないのだそうだ。

で、アメリカのゴルフ場では、なぜその軽トラが走っているのかというと、ちょこっと改造を加えた上でメンテナンス用に使用している。荷台に集めた枯れ木や枯葉、これから張る芝なんかを乗せ、ときにはメンテナンス要員として働いているヒスパニック系従業員を数人乗せちゃったりなんかして、ホールとホールの間の泥道やカートパスをトコトコと走るのにちょうどいい大きさなのだ。

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所変われば品(?)変わる!左ハンドルの軽トラだー!
Photo/JJ Tanabe

そんな軽トラの写真を見ていたら、思い出されたのは丸山茂樹や田中秀道の言葉だ。彼らはよく大柄な欧米人選手たちと小柄な自分たちを車に例える。「彼らは大型トラック。僕らは軽トラ」といった具合だ。排気量も馬力も何かも根本的に違うのだから、パワー勝負は無理だと、そういう意味合いを込めた比喩だ。折りしも、今週開催中の女子メジャー、クラフトナビスコ選手権で、会場入りしている宮里優氏が、予選で同組で回るミッシェル・ウィーと我が娘を比較し、同様に例えていた。「ミッシェル・ウィーはキャデラック、藍は小型の国産車」。

確かに、肉体差、パワー差は、どうにもならないし、比較にもならない。だが、アメリカにおいて、性能の良さ、内装の良さ、仕上がりの緻密さ、いろんな意味で、知的階層、そこそこの高収入階層から高い評価を得ているのは日本車だ。「トヨタの車に乗るのは、ウチの会社では、ちょっとしたステイタスシンボルなのよ」と、知り合いの白人女性が誇らしげに言っていた。「小型でも?カローラでも?カムリはどう?」と尋ねると、「小さくても優れているほうが、大きいけど性能が悪いよりずっといい。トヨタの車は、小さくても優れている代表だもん」。

これはあくまで、私の知人とその会社における評価だが、トヨタ車に対する同様の評価は、これまでにも大勢のアメリカ人たちから聞いている。そして私も、アメリカではずっとトヨタ車を好んでいる。軽トラの写真から、ずいぶん話が発展し、かなり突飛な方向へそれてしまったが、日本車でも、小型車でも、「優れている」と評される何かがあれば、大型車に勝つチャンスは十分ある。丸山、田中、そして藍ちゃんらにも、トヨタ車の道を歩んでほしい。

2006年03月29日

バイオリズムの底

体調を崩したため、毎年必ず取材していたプレーヤーズ選手権に行くことができず、とっても残念だった。でも、仕方がないと自分に言い聞かせ、気を取り直して、じっくりとテレビ観戦していたら、相棒カメラマンのJJ田辺が、現場で撮影したいろいろな写真を電送してきた。現場感が伝わってくるような写真を見ていたら、いろんなことが頭をよぎった。

レティーフ・グーセンが2日目のラウンド後、夕暮れの中で黙々と練習している写真があった。グーセンはいつも寡黙で、静かな人だけど、努力は人一倍だ。いつどんなときでも努力を惜しまないからこそ前進がある。それだけ練習しても、今回は絶好調だったスティーブン・エイムスに追いつけず、2位になった。だが、グーセンのそんな前向きさ、ひたむきさが報われる日はきっと来るだろう。

グーセン.jpg
Photo・JJ Tanabe

練習といえば、練習の虫のビジェイ・シンだって、あんなに日ごろから練習しているのに、今回は最終日にどうしたわけか77と崩れ、最終組で回りながらも優勝争いの蚊帳の外になってしまった。

努力はすぐさま報われることもあるけど、なかなか報われないと感じることのほうが多い。何をやってもうまくいかない、結果が出ないなんてことが、延々続くことだってある。そんなときは、バイオリズムの底にたまたま出くわしてしまっているのだから焦っても仕方がないのだと、あっさり流して、とにかく努力だけは続けたほうがいいのだと、先月取材した際、青木功プロが教えてくれた。

私自身、病気やら手術やらと自分の身にいろんなことが起こりつつある今、もしかして私は今、バイオリズムの底にいるのだろうかと思ってしまう。だが、そうならそうで、そのうち上を向くだろうと思うしかない。底にいるのなら、これ以上、悪いことは起こらないのだと、そう思ったほうがいい。いろんなことが起こってこそ人生、いろんなことが起こるからこそ人生なんだと、いつだったか、インタビューした誰かが言っていたけど、誰の言葉だったか、今、思い出せない。まあ、この際、誰でもいい。その通りだと信じれば、それでいい。

現場からの写真を眺めながら、そんなことを考えた。

ところで、私の相棒カメラマン、JJ田辺のブログが始まりました。
http://www.blog-site.jp/protour/
みなさん、見てくださいね。

2006年03月19日

迷信の山

米女子ツアー、セイフウエイインターナショナルの舞台は、アリゾナ州のスーパースティションマウンテンG&CCが舞台。このコース名を聞いたときから、不思議に思っていた。スーパースティションとは「迷信」の意。ということは、何か迷信や言い伝えのある山という意味になる。一体、どんなストーリーが秘められているのか、解明せずにはいられなかった。

スーパースティション山とスーパースティションマウンテンG&CC1.jpg

地元の人に尋ねてみたら、面白い答えが返ってきた。「今はこんなに家々がたくさんあるけど、昔は大きな岩山がドーンとそびえているだけの淋しい土地だったんです。オランダからやってきた開拓使の人々が、よく山の裾野で道に迷ったそうです。うろうろさまよっているうちに、彼らは重たくてたまらなくなった金塊を山の中に隠した。だから、あの山のどこかには金塊がある……そんな言い伝えがあるんです」

なるほど~。アメリカの迷信は歴史が感じられて面白い。今週、山の中の金塊とはいかなくても、21万ドルの優勝賞金を手にするチャンピオンは、その一部を山の中に隠してみたらどうだろう?そうすれば、この迷信の山には、さらなる迷信が漂うことになって、一層面白いのに……なんてことを、迷信の山に囲まれたトーナメント会場で、ふと考え、笑ってしまった。

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今週、スコアを落とした宮里は、“金塊”を見つけることはなさそうだ。
Photo/JJ Tanabe

2006年03月16日

淋しく厳しい戦いの場

米LPGA会場。パッティンググリーンで練習する大勢の韓国人選手の中に懐かしい姿を見た。パク・セリだ。かつては一世を風靡したパクだが、長年のスランプで成績は大低迷中。もはや、かつての勢いも華も感じられない。

何気なく、彼女のバッグに近寄った。バッグの横っ腹には、大きな文字が「Se Ri Pak」と自分の名前が書かれているではないか。普通なら、有名選手のバッグのこの位置には、スポンサーのロゴがでかでかと出ているもの。もちろん、契約によるものだ。だが、ここに自分の名前があるということは、スポンサーがいないということ?目を凝らして何度も眺めまわしたが、やっぱりスポンサーロゴは見当たらない。

あれほど世の中で騒がれ続けたパクが、ひとたび成績低迷となると、スポンサーをすべて失う……当然のことなのだろうけれど、黄金期に苦労して彼女の独占インタビューを取った昔の日々を経験しているだけに、余計に勝負士の世界のはかなさと厳しさを痛感してしまった。ちょっぴり淋しかった。

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近年、台頭する韓国勢の火付け役でもある。盛者必衰、というにはまだ若い。復活に期待!
Photo/JJ Tanabe

2006年03月11日

こんなところも国際化

米ツアーの試合会場には、コーポレートテントというのがある。企業が巨大なテントを貸し切り状態にして、クライアントを招待したり、自社の社員たちの慰労に使ったりするものだ。テント内はたいていの場合、冷暖房完備。大きなテレビモニターが設置され、試合の経緯はテントの中で全部見ることができ、もちろんおいしい料理や飲み物、おみやげなどがたくさん用意されている。企業がテントの貸し切り料として支払うお金は、PGAツアーの大きな収入源となる仕掛けだ。

3月に入り、ツアーがフロリダシリーズに移った。その第1戦はマイアミで開かれたフォード選手権。タイガー・ウッズの大会2連覇に終わり、会場にはたくさんのギャラリーが訪れた。コポレートテントも大賑わい。コースを歩いていたら、ふと日本語に出会った。あるアメリカの銀行のコーポレートテントの前に看板が立てられており、そこにはなんと13カ国語で「ようこそ」が書かれていたのだ。英語はもちろんのこと、マイアミという土地柄でスペイン語は欠かせないのだが、そのほかに日本語や中国語、ロシア語もあるのが、なんとも不思議。

日本人の多いハワイでの試合会場なら、日本語に出会うこともある。だが、ツアーが本土に移り、しかもマイアミという日本から最も遠いアメリカの地で、ちょっとした看板に日本語が書かれているのは、とても珍しい。米ツアーメンバーには世界20カ国以上からの出身者がいるが、企業が試合会場に設置した看板に、日本語を含めた13カ国もの言語を目にしたとき、ああ、国際化って、こういうところでも進んでいるのだなあと、そんなことを考えてしまった。

多国語.JPG
最下段の言葉はロシア語。そういえば、N・ファルドがモスクワにゴルフコースをデザインしてましたっけ?
Photo・JJ Tanabe

2006年03月01日

あの人は今……

米ツアーのフロリダシリーズ第1戦、フォード選手権の会場に来た。昨年大会に引き続き、今年もタイガー・ウッズやビジェイ・シン、フィル・ミケルソンといった強豪揃いゆえ、南国の日差しとともに会場は熱気に包まれている。日本勢は、丸山茂樹、田中秀道、今田竜二が出場。ルーキーの丸山大輔はストロングフィールドゆえ出場できないが、今日は会場に姿を現し、練習場で球を打っていた。

そんな中、ふと懐かしい顔に出くわした。かつて世界最強の男と呼ばれたニック・ファルドだ。最近はテレビ中継の解説者として活躍していたが、第一線のプレーヤーという立場からはすっかり離れてしまっていたため、練習場で打ち込む姿を目にしたら、なんとなく違和感させ覚えてしまった。

そのファルドのゴルフバッグには、「ファルドデザイン」というロゴマークが光っていた。もしかしたら、本人自らが設計したオリジナルクラブなのだろうか。直接尋ねてみたら、なんとそれは自らゴルフコースをデザインするための会社のロゴだった。ファルドいわく、「今、世界中に私がデザインしたコースは18もある」のだそうだ。で、肝心のクラブは何なのだろうかとバッグを覗き込んでみたら、ドライバーからアイアン、ウエッジ、パターまで、メーカーはさまざま。それでも、打ち出す球の勢いは、強かりし日を彷彿させるだけのものだった。さすがは、かつて世界最強と呼ばれた男だ。

ところで、ファルドのバッグを担ぐキャディといえば、かつてはファニー・サニソンという女性だった。しかし、今週のファルドのキャディはジェフ・クレッグという白人男性。よくよく聞いてみれば、このジェフは、観光地として有名なプーケット在住。あの津波が押し寄せたとき、プーケットにいて津波に遭遇したのだそうで、「津波の後、6日間だけボランティアで救急医療の手伝いをしました」とのこと。プーケットではゴルフインストラクターが本業で、ファルドとは欧州ツアー会場で4年前に知り合い、キャディを務める運びとなったのだそうだ。

それにしても、かつての一流選手は今、どうしているのかと、ふと思うファンもいるだろう。ファルドと同い年で、80年代後半から90年代にかけ、米ツアーを席捲した欧州選手といえば、ベルンハルト・ランガーやせべ・バレステロスがいる。ファルドは解説やゴルフビジネスに精を出し、バレステロスは出口の見えないスランプからいまだに抜け出せずにいる。そう考えると、ずっとアメリカツアーで戦い続けているランガーの息の長さはすごいものだと、あらためて感心させられる。

ともあれ、久しぶりに選手として接したファルドは、かつてのファルドより、ずっとずっとソフトな人当たり。人間、齢を重ね、人生経験を積み、一皮向けるというのは、こういうことを言うのだろう。

ファルドデザイン.jpg
バッグのデザインも、かなりイケてます!
Photo/JJ Tanabe

2006年02月26日

ギャラリー・フレンドリー

シニアの試合会場に来ると、なぜか心が和む。どうしてだろう?選手たちは当然ながら50歳以上。現在60歳のヘール・アーウィンなどはレギュラーツアー時代からの顔なじみで、シニア入りしたころから知っているから、かれこれ10数年の付き合いになる。そんなふうに長い付き合いの選手が多いから、こっちも顔を見ると安心するのかもしれない。いや、付き合い年数だけの問題ではない。たとえば、ダナ・クイグリーなんて選手は、レギュラーツアー時代は皆無に近く、シニアの年になってからプロゴルファーとして名前が世に出たわけだから、彼との付き合いはせいぜい5~6年。それでも、久しぶりに顔を合わせると、お互いにニッコリするのだから不思議だ。

信じられないかもしれないが、アジア人というのは欧米人から見ると、非常に若く見えるらしく、私などは日本人からは年相応に見られているが、欧米人シニアから見ると、どうやら自分の子供ぐらいの年だと思ってくれるらしいのだ。だからであろう。私を見ると、「よしよし。元気にしていたかい?」なんて、頭をなでられちゃったりする。

そんなシニア選手たちの優しさや態度、雰囲気が私の心をほっとさせてくれるのだが、会場を訪れるギャラリーたちは、また別の事柄でほっとしている様子だ。シニアの試合を観戦にくるギャラリーは、レギュラーツアーのギャラリーより、やっぱり年齢層が高い。50代、60代、70代の方々が多く、杖を持っていたり、車椅子だったり。目が悪かったり、体のどこかが不自由な方もかなり見受けられる。そんなギャラリーに、ツアー側やトーナメント運営側は、とっても優しい工夫を施している。

18番グリーンの傍に、案内表示板が立っていた。トイレはあっち、スナック類が売られているコンセッションスタンドはこっち、1番ティはあっちで、10番ティはこっちという具合に、たくさんの方向が懇切丁寧に示されており、しかもカラフルな色分けまでされている。案内表示板はもちろんPGAツアーやLPGAの会場にもあるにはあるが、これほどたくさんの案内を一目瞭然に示してくれているのは、高齢のギャラリーのためを思っているシニアの会場ならではである。

ちょっとした心遣いがファンを作り、ファンを増やす。シニアの会場には、ギャラリーに対する優しさにあふれている。シニアの試合会場に来て心が和むのは、そんな優しさが漂っているからに違いない。

コース内の案内板.jpg
Phpto/JJ Tanabe

2006年02月23日

ちょっとした発見

ハワイでプレーする藍ちゃんを取材していたとき、今さらながら、ちょっとしたことに気がついた。
プレーを終えたあと、選手が同伴競技者やそのキャディたちと挨拶を交わすのは当然のマナーで、男子ツアーの試合では、通常、それぞれが握手を交わす。丸山茂樹も田中秀道も今田竜二も、そして新人の丸山大輔も、きちんきちんと握手を交わす。どんなにプレー内容が悪くても、どんなに機嫌が悪くても、彼らがこの握手をしないことは、まずない。プレー中、同伴競技者どうしで、何かもめごとでもあって、よほど険悪な関係になると、稀に握手をせず、目を合わさず、そのまま立ち去ってしまうことがあるが、そんなことをしたら、間違いなく米メディアの餌食。あっちでもこっちでも、「○○は□□と握手をしなかった……」と書き立てられる。それほど、この握手の儀式は、重要なものなのだ。

で、よくよく眺めていたら、女子の試合では、握手ではなく、ハグ(=抱き合って挨拶すること)をしていることに気がついた。選手どうしも、選手とキャディも、みんな1人1人、順番にハグしながら、「Thank you!」とか、「I enjoyed playing with you.」とか、そんな短いフレーズを交し合っている。女子選手の場合、確かに握手よりハグのほうが、なんとなく見た目も優しい感じだし、微笑ましくもある。

男子は握手、女子はハグ。で、米ツアーにデビューしたばかりの藍ちゃんはどうするのだろうかと見守っていたら、やっぱり藍ちゃんも、ちゃんとハグしていた。これまで参戦した海外のどこかの試合で覚えたのか、その場で見よう見真似でやったのか。それとも米LPGAの新人教育の中に「ラウンド終了後は同伴競技者やキャディとハグをして挨拶すること」という項目が含まれていたのか。ともあれ、「プレーの後はハグ」は、女子ツアーの慣習であることを、なぜか今さら発見して、ふと笑ってしまった。

ハグ.jpg
Photo/ JJ Tanabe

2006年02月08日

ギャラリースタンド

毎年、米ツアーの中の9~10試合が、TPCと冠されたコースで開催される。TPCとは、トーナメントプレーヤーズクラブのこと。PGAツアーが試合開催を目的に作ったコースである。そのため、観戦するギャラリーのことをあらかじめ思った設計が施されている。いわば、ギャラリーに優しいコース。どういうことかと言えば、たとえば、ギャラリーがいろいろな選手のプレーを見に行きやすいよう、入り口やクラブハウスからいろいろなホールへ行きやすいレイアウトになっていたりする。また、ギャラリースタンドのような人工的な観戦の場を設けるよりも、むしろ自然のままの土手などに座ったり立ったりしてティグラウンド上やグリーン上のプレーが見られるようになっているのだ。

TPCの中で最も有名なのは、プレーヤーズ選手権の舞台、TPCソーグラス。だが、最も多くのギャラリーに親しまれているのは、やはり1週間で延べ50万人以上のギャラリーを迎え入れるTPCスコッツデールである。

TPCスコッツデールは、先週開催されたFBRオープン(旧フェニックスオープン)の開催コース。あちらこちらの土手には美しい芝生が張りめぐらされており、子供から大人、ご老人まで、みんながピクニック気分、お祭り気分で、その「自然のギャラリースタンド」から観戦を楽しんでいる様子が目についた。

このコースの16番パー3は、ギャラリーが興奮する典型ホール。かつて、デビュー間もないタイガーがホールインワンを決めたときなどは、ホールを取り巻くギャラリー全員がエキサイトしすぎておかしくなってしまうのではないかと心配になるほど狂喜していた。

ギャラリースタンド.jpg
『TPCスコッツデール・スタジアムコース16番ホール』まさに“スタジアム”だ。
Photo/JJ Tanabe

しかし、年々、この16番の周辺が人工的になりつつある。かつては、ティグラウンドの周りまで入って観戦できたのに、去年あたりからはスタンドが作られて仕切られてしまい、ホールの両サイド、グリーン後方も、すべて人口のギャラリースタンドに囲まれてしまったのだ。いつだったか、パットしているタイガーめがけてギャラリーがオレンジ(みかん)を投げつける事件もあった。そんなこんなを防ぐため、ロープではなく人口のフェンスやスタンドで仕切ってしまったわけで、これは少しばかり淋しい。だが、スタンドにしたことで、16番の周辺で観戦できるギャラリー数は増加した。だから、どっちがよいのかといえば、どっこいどっこいということになる。

が、いずれにせよ、TPCスコッツデールやTPCソーグラスに行くと、ギャラリーが選手と一体化しながら試合を楽しんでいるなと実感できる。PGAツアーが考案し、設計しただけあって、ギャラリー導線を最もよく考慮したコースに仕上がっている。TPCスコッツデールが舞台ではなかったら、フェニックスの大観衆を収容することは難しかったかもしれないと思えるほどだ。ツアーを盛り上げるためには、まずギャラリーのことを考えて舞台作りをする--そんなPGAツアーは、今更ながら感心する。

2006年02月05日

ゴルフ観戦はいろいろ

フェニックスオープンの名で親しまれてきた今週の大会、現在はFBRオープンと名前が変わっているのだが、地元の人々の手作りトーナメントであること、1週間に述べ40万人、50万人というギャラリーが集まり、お祭り気分で楽しむことは、昔も今も変わっていない。

FBRギャラリー.jpg
ギャラリープラザの周辺は、日本の祭り会場さながらの人出だ。

その証拠に、首位が無名のルーキー、J・Bホルムズで、上位陣がライアン・パーマーやらJJヘンリーやらと、これまた地味な選手で占められても、ギャラリーのボルテージは上がるばかりだから、なんだか見ていて笑ってしまう。

今週、日本勢は、丸山茂樹と田中秀道がぎりぎりで予選を通過。今田竜二は予選落ちと振るわないのだが、予選通過者の中で、今日の3日目は丸山も田中もビリのほうを行っていた。しかし、フェニックスのギャラリーは、順位などまるでおかまいなしだ。盛り上がることで有名な16番のパー3。田中がピンそば1メートルにつけ、バーディパットをねじ込むと、「ヒデミ~チ!ヒデミ~チ!」と拍手喝采。まるで優勝したかのような騒ぎだった。あまり思うようなゴルフができていなかった田中も、その熱狂ぶりに思わず、ボディビルダーのようなポーズを取って応えると、ギャラリーは再び田中のポーズに応えて、一層大きな拍手喝采……という具合に、どの選手が来ても、ギャラリーは組み合わせ表を見ながら、名前を連呼するのだ。

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選手のリアクションを見て、ギャラリーは一層盛り上がる。ゴルフの試合会場とはかけ離れた様相。
Photo/JJ TANABE

彼らは、ゴルファーを応援したくて応援していると言うより、ビールを片手にゴルフをつまみにして騒ぎたいから騒いでると言ったほうが正しい。そういうゴルフの観戦の仕方もあるのかなあと思ってしまう。

だが、下位でプレーしている選手にとっては、うれしいことなのかもしれない。落ち込む気持ちをギャラリーの拍手喝采で少しでも盛り上げることができるからだ。逆に、こんなうだつの上がらないプレーをしているオレに拍手なんかしないでくれよと、ありがた迷惑がっているプロもいるだろう。感じ方はさまざまには違いないが、フェニックスは一風変わったゴルフ観戦が味わえることだけは確かだ。

2006年01月28日

シニアのツアーは楽しい!

久しぶりに米チャンピオンズツアーの試合会場へ来ている。シニアの選手たちは、やっぱり一皮向けているのか、若いPGAツアー選手たちに比べると、どこかおっとりしている。だから、試合会場全体がソフトで和やかな雰囲気に溢れているのだ。

朝、メディアセンターで仕事をしていたら、突然、ダンボール箱を抱えた男性が入ってきた。よくよく見ると、その男性はブルース・フライシャー。チャンピオンズツアーで賞金王に輝いたこともあるトッププロだ。

フライシャーは以前からよく知っている。何度か、独占インタビューもやったことがあるし、彼のご自慢の豪華バスに乗せてもらったこともある。フライシャーに会ったのは2年ぶりぐらいだったと思うが、光栄なことに彼も私の顔を見て、「おーい、久しぶりじゃないかあ。元気だったかい?」とうれしそうな表情を見せてくれた。

「で、その箱は何?」と尋ねると、フライシャーは中から新品のゴルフシューズを何組も取り出し、1つ1つ履いてはスウィングする真似をして、履き心地を確かめていた。そのうちに、彼が箱の中から、何かのコピーを取り出し、私に手渡してくれた。「何、これ?」「これはなあ、この前、見つけた面白い話。有名なコメディアンの言葉なんだけど、なかなか味のある言葉がいっぱいなんだ。是非、キミも読んでみてくれよ」

コメディアンの名は、ジョージ・カーリンと記されていたが、そんなコメディアンは全然知らない。が、書かれていた言葉は確かに味があった。

「人々の家はどんどん大きくなるのに、家族は小家族化、核家族化しているこの世の中」
「お金が手に入ると、高い買い物をするけど、買い物の楽しみ度は減っていくね」
「高層ビルの豪華な家に住んでも、気持ちは低層になるばかり」

‥‥とまあ、「何かが良くなりゃ、何かが悪くなる」という話なのだが、なるほどと頷かされるものが多く、読みながら苦笑してしまった。

「で、ブルース、この紙の束、どうするつもり?」「もちろん、ツアーの選手たちに配るんだよ!」

なにやら宣教師みたいだが、こんなことを真面目に行って楽しんでいるトッププロがいる--そんなシニアのツアーは、その場に居るだけで、こっちも楽しくなる。

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初日、ふと足元を見ると、ゴルフシューズではなく、履いているのはテニスシューズ。サイズが少し小さかったとか。
Photo/JJ Tanabe

2006年01月21日

ヘルメットおやじ

試合会場には、ときどき風変わりな人がいる。ヘルメットをかぶったオヤジがいた。失礼な言い方だが、風貌が小汚い。どう見てもゴルフをする雰囲気ではなく、観戦にきたギャラリーとも思えない。
ゴルフとは無縁なムードのこのオヤジ、しかし、よくよく見ると、ヘルメットにたくさんのサインがある。あれっ、やっぱりゴルフファン?

声をかけてみた。聞けば、このオヤジはコースメンテナンスのスタッフの1人だという。で、ヘルメットのサインを眺めて見たら、フレッド・ファンクなんかのサインもちゃんとある。「フレッドのファンなんですか?」と尋ねると、「フレッド?いやあ、選手の名前とかは、よく知らないんだけど、せっかく自分たちが整備したコースで試合があるんだから、サインぐらいもらって参加意識を楽しもうかなと思っただけですよ」と笑った。

参加意識--大切なことだと思う。トーナメント会場の主役はあくまでプレーヤーだけれど、その背後にはたくさんの裏方さんがいる。そして、大勢のギャラリーが来る。だからこそ、試合が成り立つ。そして、さまざまな人々は、それぞれの方法で、自分たちも試合に参加したという意識を感じ取る。だから、みんな楽しいのである。

ヘルメットおやじは、ゴルファーのファンではないが、それでも何かの方法で、自分もこの試合に貢献した1人だということを実感したいと思った。それは、とっても素敵なことだと思う。

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作業員の仕事はプレー開始前が大忙し。
Photo/JJ Tanabe

2006年01月12日

ウォーミングアップ

ソニーオープンが始まった。先週のメルセデス選手権に出場できなかった選手たちにとっては、このソニーオープンが今季の開幕戦。ウォーミングアップ気分の選手もいれば、いきなり優勝や上位入りを狙っている選手もいるわけだが、そんな中、田中秀道のウォーミングアップはユニークだった。

と言っても、このウォーミングアップは、練習を開始するときの文字通りのウォーミングアップ。かつて、左打ちでウォーミングアップするのは片山晋呉のオハコだったが、田中も左打ちウォーミングアップを以前から採り入れている。

田中の場合、まずはスウィングスピードという重めのスティックで左打ちの素振りを数回。これで体を少し慣らしたら、今度は左打ち用のフェアウエイウッドで実際に球を打つ。このとき、ブラッシュティというブラシ状のティペッグを使うところが、田中なりのユニークさだ。右打ちは、それから。

ウォーミングアップに何段階もの工夫を凝らしているのは、怪我を防ぎ、疲労回復を兼ねた体調管理に務める田中の苦肉の策なのだ。プロゴルファーは体が命。一見、ちょっとしたことが生命線になるあたり、プロキャリアの厳しさの表れだと感じた。

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温暖な気候のハワイからゆっくりとスタート、とはいかないのがPGAツアーの厳しさだ。
Photo/JJ Tanabe

2006年01月10日

アップルビーの優勝

スチュワート・アップルビーが開幕戦メルセデス選手権で優勝した。大会3連覇は50年ぶりの偉業。しかし、その偉業より、私にとってはうれしいことがある。

アップルビーの悲しい過去をご存知だろうか?前妻リネイを目前の交通事故で失ったのだ。事故から1年後、彼にその話を取材し、2人で一緒に泣いたことがある。あのとき彼は、「いつかは結婚すると思う。人生には伴侶が必要だから。でも、僕はリネイを生涯忘れない」と涙ながらに語ってくれた。

一昨年だったか、そんな彼の自宅を訪ねた。再婚した妻アシュリーとの愛の巣。すっかり元気を取り戻したアップルビーは、しかしその家にリネイとの約束だったワインセラーを作り、アシュリーを愛しながらも、亡くなったリネイを心の奥底で愛していた。

そんなアップルビーが昨年、メルセデスを2連覇した直後、長女のエラちゃんが生まれた。そして今年。3連覇を果たしたアップルビーを、アシュリーはエラを抱いて見守り、アシュリーのお腹の中には2番目の子供が宿されている。そんなこんなを考えながら優勝した彼の姿を眺めるのは感慨深かった。人は誰かを愛しながら生きる。だから強い。ゴルフの試合を取材しながら、そんなことを考えていた。

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悲しみのあとには、大きな幸せが。
Photo/JJ Tanabe

2006年01月07日

いよいよ2006年

みなさん、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。年末は久々に日本へ帰っていたため、新年直前にNYの自宅へ戻ると、たくさんの郵便物が届いていた。その中に、定期購読しているアメリカの雑誌などが山積みになっており、1つ1つ手に取っていくと、いきなり目に飛び込んできたのは、なんと宮里藍ちゃんの表紙。ゴルフの週刊誌であるゴルフウィークの表紙が、米LPGAのQスクール最終予選でトップ通過した際の藍ちゃんの写真で飾られていたのだ。

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Photo/JJ Tanabe

アメリカのゴルフ雑誌で表紙を飾るというのは、なかなか大変なことである。優勝しても、同じ週に開催された別の大会の優勝者のほうが話題性に富んでいたり、優勝者ではなくても何か大きな話題を提供した人物(ゴルファー)がいたりすると、表紙はそっちに持っていかれてしまう。大抵の場合、無名の外国人選手は優勝しても表紙にはならないものだ。しかし、藍ちゃんは、いきなりドカーンと表紙デビュー。しかも、通常の大会の優勝ではなく、Qスクールのトップ通過。Qスクール以前は、アメリカではほとんど無名だったわけだし、言わずと知れた外国人。それで表紙に採用されたのだから、こりゃ、ちょっとした「事件」なのだ。

しかしながら‥‥アメリカの他のゴルフ雑誌、スポーツ誌などを見ると、米LPGAの今年の注目選手として取り上げられているのは、やっぱりポーラ・クリーマーやモーガン・プレッセル、ミッシェル・ウィー、あるいは女王アニカ・ソレンスタムとなっている。藍ちゃんが他のゴルフ雑誌や今回のゴルフウィークの表紙を再度飾るためには、やっぱり優勝しかないということになる。

いよいよ、2006年。藍ちゃんの米ツアー参戦史の始まりだ。ルーキーイヤーに勝てるかどうかは、もちろん本人次第。日本のゴルフファンが彼女に寄せる期待はそりゃ大きいし、日本のメディアもみな手薬煉引いて待っている。だが、彼女の負担を過度に重くしないよう、とりわけ取材の第一線に立つメディアは配慮してあげることも大切だと思う。大きく取り上げるのは、彼女が本当に活躍できたときでいい。周囲が才能をつぶすことがないよう、私自身、肝に命じておこうと思う。

2006年01月04日

淋しい幕開け

米PGAツアーが早くも開幕した。メルセデス選手権は昨シーズンの優勝者だけが出場できる栄えある大会。毎年、華やかな幕開けになるはずなのだが、今年はなんだか淋しげだ。と言うのも、タイガー・ウッズが「オフが必要」ということで欠場しているのみならず、そのほかにも欠場者が続出なのだ。

まずはフィル・ミケルソン。彼の場合、「家族と過ごす時間がほしい」という理由で毎年、この大会は欠場。それゆえ、別段、驚くことではない。ちょっぴり驚きなのは、レティーフ・グーセンやパドレイグ・ハリントンまでもが欠場していることだ。

世界ランクの上位者を見ると、足の負傷で昨シーズン後半の欠場を余儀なくされたアーニー・エルスは未勝利に終わったため、今年のメルセデスの出場権がない。マスターズやプレジデンツカップでの大健闘が目立ったクリス・ディマルコも未勝利だし、ハンサムボーイのアダム・スコットも未勝利。それゆえ、スター選手であるはずの彼らの姿もカパルアにはない。

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昨シーズンの後半は居なかったのに、存在感は十分。ゆえに、いないのは寂しい。
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昨シーズンの活躍は目覚しいものがあった。ゆえに、いないのは寂しい。
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昨シーズン、確か勝ったよねえ。でも、非公式扱い。ゆえに寂しい。
Photo/JJ Tanabe


結局、世界ランクのトップ10のうち、メルセデス出場者はビジェイ・シン、セルジオ・ガルシア、ジム・フューリックの3人だけなのだ。

いやいや、なんとも淋しい幕開けではないか。折りしも日本は藍ちゃんにあやかる女子ブーム。せめて、米男子ツアーが盛り上がってくれれば、男子ゴルフへの注目度も高まるのだが、この顔ぶれでは、テレビの視聴率はどうなることやら‥‥。

だが、何が起こるかは、始まってみないとわからない。とんでもない出来事が勃発するかもしれないし、なんと言っても、オフの間、試合観戦できなかったゴルフファンたちは、早くトーナメントゴルフを見たくてうずうずしているかもしれない。とにかく、面白い展開になってくれればいいなあ‥‥と思っているのは私だけだろうか?

2005年12月29日

タイガーの誕生日

12月30日はタイガー・ウッズの誕生日だ。今年でタイガーもついに30歳。月日が流れるのは本当に早いものだ。

タイガーの年齢の話になると必ず思い出されるのは、彼がプロデビューして間もなかった19歳のころの秘話。ラスベガスインビテーショナルに出場したタイガーは、ある夜、カジノへ繰り出した。しかし、アメリカでギャンブル場に入場できるのは21歳以上と決められている。いくらタイガーでも法律は法律。カジノの入り口でセキュリティガードに止められてしまった。

セキュリティガードが、まず一言。「IDを見せてください」。タイガーがIDを見せると、セキュリティは冷たく、「キミは19歳だから、ダメだよ」。思わずむっとしたタイガーは、いきなりこう言い返した。「オレはタイガー・ウッズだぞ!」。すると、今度はセキュリティガードがむっとして、こう言い返した。「タイガー・ウッズだろうと、ライオン・キングだろうと、ダメなものはダメだ!」。周囲は大笑い。タイガーも若かったということだ。若気の至りは、誰にでも覚えがある。

そんなタイガーも、とうとう三十路。これからは、体力キープが課題の1つに入ってくる。が、「結婚して人生と私生活が充実し、独身時代とは違う自分になった。だからゴルフも向上した」と豪語するタイガーである。来年は、「30歳になって一味違うオレのゴルフを見てくれ」なんて、言いそうな気配だ。

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今年のバースデーパーティは、盛大に?
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1年間、おつかれさま。来年もよろしく!
Photo/JJ Tanabe

2005年12月17日

藍ちゃんの言葉に安堵

アジア・ジャパン沖縄オープンに出場した宮里藍が最下位で予選落ちした。今後も男子ツアーに挑戦するかと問われた藍ちゃんは、「(それは)ないです。そういう挑戦は無謀だと思った」と答えたそうだ。

その言葉を聞いて、私は正直、ほっと胸を撫で下ろした。なぜって、藍ちゃんが男子の試合に出る意義からして私は疑問を抱いていたし、そんなことをしても彼女にとってプラスになるものがあるのかどうかと、その部分にも首を傾げていたからだ。だから、彼女が今後も挑戦したいなんてことを考え始めないよう祈っていたのだ。

米PGAツアーに挑戦したアニカ・ソレンスタムやミッシェル・ウィーのケースは別だ。彼女たちは、自分が男子の試合に出る意義というものを当初から明確に抱いていた。アニカの場合は「自分を試したい」という挑戦意欲。ウィーの場合は、幼いころから男女の壁を越えることを目標にしているという彼女自身のスタンス。しかし、藍ちゃんの場合、どうして男子の試合に出なければいけないのかがはっきりしてはいなかった。

沖縄オープン出場は、周囲が先に決めたことだと聞いている。最終的な意志決定は藍ちゃん自身が下したのかもしれないが、あくまで故郷沖縄の人々への恩返し的なことが大義名分であって、自身の目標や向上のためではない。恩返しは大切だけれど、アスリートが第一に考えるべきことは、やっぱり自分のこと。せっかく米LPGAのQスクールで見事なゴルフを披露し、いわゆる「いい感じ」を得た藍ちゃんが、男子の試合に挑戦して最下位になったことで「いい感じ」を忘れてしまったら、それは彼女にとって大きなマイナスになってしまう。

だから、自分にとってのプラス要素が見つからない以上、男子の世界になんて、わざわざ挑戦してほしくはないと思っていた。だから、彼女が「そういう挑戦は無謀だ」と認識してくれて、本当にほっとしたのだ。

今後、日本のゴルフ界が注意すべきことは、せっかく才能やスター性に溢れている選手を、人寄せパンダに仕立ててつぶさないようにすることだろう。藍ちゃんが出ればギャラリーが増える、視聴率が伸びると考えるのは、ビジネス上、ごもっともだと頷ける。だが、そういう意図ばかりが先に立ち、パンダにされたスターの感性を低下させることがあったら、それは「周囲が才能をつぶす」ことになる。もちろん、今回の出来事で藍ちゃんがつぶされたわけではないけれど、もともとスターに欠如気味の日本のゴルフ界は、せっかく現われたスターをもっと本当の意味で大事にすべきだと思わずにはいられなかった。

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日本でも海外でも、注目を集める藍ちゃん。対応の仕方は、すでに世界のトップクラスだ。
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予選落ちも今後の糧と変えていく。その能力こそが天才の証。
Photo/JJ Tanabe(写真上下2点とも、米LPGA・QT最終予選会場での模様)

2005年12月08日

丸山大輔の合格

宮里藍ちゃんが米LPGAのQスクールを2位に12打差の断トツトップで合格した翌日、同じフロリダ州内で行われていた米PGAツアーのQスクールへ取材に行った。男女とも同じ日から始まり、女子は5日間、男子は6日間のため、この日は男子の最終ラウンド(第6ラウンド)だったのである。

行ってみると、日本のメディアは私を含めてたったの5名。藍ちゃん取材の現場には、初日あたりで60名強、最終日には100名近くの日本人メディアがいたのだから、その差はすごい。かつては、男子のQスクールを取材する日本人メディアはいても、女子のQスクールを取材する日本人メディアは本当に少ないものだった。もっとも、小林浩美、福嶋晃子、東尾理子らが挑戦する際は、それなりの人数が集まっていたものだが、いずれにしても、藍ちゃん取材だけは別格。そして、男子のQスクールに日本人選手としてはただ1人、挑戦していた丸山大輔のことを気にかける日本人メディアはほとんどいなかったというわけだ。

肝心の丸山の成績だが、初日から3日間は70-71-74と70台が続き、4日目から6日目までは68-65-68とすべて60台。3日目終了後は60位台まで順位を下げ、トップ30に食い込むのはちょっと難しそうに思えたのだが、5日目の65が功を奏し、最終的には7位タイという立派な成績で来季の出場権を獲得した。

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大器晩成型、粘り強いプレーに期待!
Photo/JJ Tanabe

全ラウンド終了後、その丸山に話を聞いた。「(こっちに)来る前までは、まだ迷いがあって、飛行機に乗っているときも、嫌だなあなんて思っていたぐらいで、そういう意味ではノープレッシャーだったのがよかったのかも。でも、練習ラウンドをして回りの選手たちを見ているうちに、この中で自分がどれぐらいやれるか知りたいなという気になり、その思いが日に日に強まりました」という丸山。ゴルフの調子のほうも、最初はコースに戸惑い、「自分で自分に難しく感じさせていた」そうだが、後半3日間は「無理しなくても大丈夫」と思えるようになったという。そんな環境への「慣れ」が彼のスコアにも如実に表れた。

それにしても、同じ州内、車で2時間弱の距離に日本のメディアがわんさかいるというのに、最終日のこの日、大半のメディアは藍ちゃんがLPGAのオリエンテーションを受ける様子を取材していた。丸山が好成績で通過しようとしているのに、たったの5名しか取材に来ないこの現状を、彼自身はどう感じていたのか。聞きにくい質問だが、あえて本人にぶつけてみた。

「いやあ、藍ちゃんは国民的ヒーロー(ヒロインの意)ですからね。おまけに10何打差でトップでしょう?でも、これで男子が誰も通らなかったら格好悪いかなとは思っていました」

やっぱり、この現状、嫌でも意識はしていないのだろう。質問をぶつけたとき、丸山はニヤッと笑った。だが、大勢の日本人メディアから取材されるかどうかは、この際、本人にとっては大問題ではない。むしろ、ひっそりと米ツアーデビューを決め、来季が始まったら大活躍というほうが面白いかもしれない。

とはいえ、米ツアーはそんなに甘くはない。丸山は「英語は全然ダメだし‥‥」と、ちょっぴり尻込みしていたが、フロリダのグリーンを「優しいコーライみたいでした」と言ってのけたあたりは期待できる。技術的レベルは蓋を開けてみないとわからないが、大切なのは度胸であろう。

来季、PGAツアーは、丸山茂樹、田中秀道、今田竜二に丸山大輔が加わり、合計4人になる。藍ちゃん、しのぶちゃんも、そりゃがんばったけれど、男性陣もなかなかがんばっているということを、日本のゴルフファンのみなさんに忘れてほしくないと思う。

2005年12月03日

米メディアの「藍ちゃん観」

宮里藍ちゃんが米LPGAのQスクール最終予選を独走している。今日で5日間のうちの第3ラウンドを終えたところ。現在、2位に7打差で断トツ首位。いやいや、彼女のパワーには恐れ入ってしまう。

藍ちゃんを追う日本人メディアは、今回の会場に62名も来ているのだが、アメリカ人メディアは、初日がせいぜい4~5人。その人数は徐々に増えつつあるものの、日本人メディアの数と比べれば、ホントにパラパラだ。

会場にやってきたアメリカ人メディアの最初の感想は、「一体、何が起こっているの?」。藍ちゃんの組につき、列をなして歩く日本人メディアの姿を見て、そう感じたのだそうだ。

初日、藍ちゃんはアメリカの注目新人であるモーガン・プレッセルと並んで首位タイだった。その日、アメリカ人記者3人が藍ちゃんにいくつか質問を浴びせたのだが、その内容は、やっぱり自分たちの驚きをそのまま彼女にぶつけるような内容ばかり。「こんなにすごい人数の日本人メディアに囲まれて、どんな気分ですか?」といったもの。藍ちゃんは苦笑しながらも、「それだけ注目されているってことは、うれしい」と、うまくかわしていた。

だが、2位に3打差で単独首位に立った第2ラウンド終了後は、彼らの質問内容が、日本人メディアの話から藍ちゃん自身の考え方へと変わっていった。「優勝(トップ通過)することと、上位24名に入ることと、どっちがあなたにとってより重要?」。彼女は、「トップ通過です」と答えた。

そして3日目。アメリカ人メディアの質問は、彼女のプレー内容に関するものへ。やっと、首位を走るプレーヤーに質問するような内容を質問し始めたわけだ。

それにしても、質疑応答は通訳を介して行われるため、とりあえず彼らは聞きたいことを聞くことができるし、知りたいことを知ることもできる。だが、彼らの観察日記となると、妙な誤解も生じるようだ。ギョッとしてしまったのは、Qスクール会場となっているデイトナビーチの地元紙の記事。

その記事を書いた記者は、日本人メディアに囲まれて質問に答える藍ちゃんの様子を傍から観察し、自分の印象めいたことを書いていたのだが、これが的外れもいいところ。「アイ・ミヤザトはとても礼儀正しくジャパニーズメディアのインタビューに答えていた。しかし、カメラクルーに向けたその表情、レポーターに答えるその表情は不快感に溢れていた‥‥」という内容。これを読んで、おいおい、冗談じゃないよと思った。なぜって、藍ちゃんは決して不快感をあらわにして日本のメディアに応対してはいないからだ。「礼儀正しく」はその通り。そして彼女は、「丁寧に」、そしてところどころ「笑顔も交えて」、きっちり対応していたわけで、そりゃ、はしゃいだり、大笑いして喜んだりはしていないけれど、それは彼女が不快だからではなく、彼女らしさ。そして、自分のテンションをイーブンに保つためでもあるのだろうと思う。

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藍ちゃんに付く日本人メディアの多さを第一面で伝える地元紙『ニュースジャーナル』。アメリカには街の数だけ新聞がある。
Photo/JJ Tanabe

しかし、その地元紙の記者は、首位に立つ喜びを体やジェスチャー、表情などで大きく表現しない藍ちゃんは不快感を感じていると推察したようだ。日本語がわからないから、藍ちゃんと日本人メディアの会話の内容はわからない。だから、傍から見た印象と推測で、「藍ちゃんは不快そうだった」と書いてしまっている。こりゃ、とんでもない話だ。

国民性の違いが、感情表現の違い、あるいはメディアに対する応対姿勢の違いとなって表れるのは当たり前。喜怒哀楽の表現が派手なアメリカ人から見れば、この地元紙の記者のような誤解を生じることがあるのかもしれない。藍ちゃんが今回のQスクールに合格することは、まず間違いなさそうだが、藍ちゃんの素顔や性格、はたまた日本人らしさというものがアメリカ人メディアやアメリカのゴルフファンにきっちり理解してもらえるまでには、結構時間がかかりそうだ。

舩越園子

2005年12月01日

男の女化?

米ゴルフ界のオフシーズンの恒例行事となっているスキンズゲームで、フレッド・ファンクがスカートを履いた映像が、しつこいほど何度もCNNヘッドラインニュースで流れた。あるホールでアニカ・ソレンスタムにオーバードライブされたらスカートを履くと約束し、本当にオーバードライブされた末のパフォーマンス。テレビ画面に映し出されたピンクの花柄スカート姿のファンクを眺めながら、いかにもファンクらしいと苦笑してしまった。

アニカは女子選手の中でもビッグヒッターの部類。対するファンクは米ツアーで最も飛距離が出ないことで知られている。2人の飛距離競争は最初から勝負がついていたようなものだから、ファンクはエンタテイメントのために、このパフォーマンスを「準備」してきたに違いない。なぜって、ファンクが履いたスカートは、ウエスト部分がすべてゴム製だった。伸縮自在のウエストだから、男性でも簡単に履けるわけで、そんな都合のよいものが、スキンズゲームの会場にたまたま売っていたわけはないのである。

ファンクという人物は、自分がショートヒッターであることをもちろん認識しているが、飛距離が出ないことを悲観するコメントを彼の口から聞いたことがない。彼は飛ばない代わりに曲がらない。いや、曲がらないというより、狙ったところへボールを確実に運べる正確性が米ツアーで最も高い男だ。まるでレーダーのように正確なショットコントロール術を備えているため、「レーダーマン」とも呼ばれている。一昔前、マイク・リードという選手のニックネームだった「レーダーマン」は、時代が推移した今、ファンクのものになった。

話がずれてしまった。ファンク自身の話に戻ろう。彼はなぜ飛ばないことを悲観しないですむのか。それは、飛距離が出なくても、高い正確性を武器に勝負できるという自負、自信があるから。飛距離よりスコアメイクにつなりうる何かがあれば、ショートヒッターであることを悲観する必要はないのであろう。

おまけにファンクは、ショートヒッターであることを活用して人々を楽しませる術も備えている。記者会見でも、プロアマのときでも、「こんな長いコース、オレは日が暮れてもグリーンまでたどり着けないよ。わかってんのか、キミたち?」といった類のジョークを頻発。人々が笑うと、満足気な表情で彼も笑う。スキンズゲームでのスカートプレーは、そんなファンクのご愛嬌の1つだったのだ。

それにしても、ゴルフは飛距離だけじゃないということを、ファンクはこの大会でも証明してくれた。一番飛距離が出ず、女性のアニカにもオーバードライブされてしまったというのに、彼は18ホールで15スキンズを獲得し、断トツで優勝したのだ。もっとも、スキンズゲームはタイミングが命。引き分けでスキンがキャリーオーバーされ、たまりにたまったところで勝つのがスキンズゲームの必勝法。グッドタイミングでこれをやってのけるためには、実力のみならず運も必要。ファンクは、レーダーのような正確なショット、タイミング、運、すべてを味方につけて優勝したわけだが、タイガー・ウッズやフレッド・カプルス、アニカらを押しのけて彼に勝利の女神が微笑んだ理由は、おそらく、彼のスカートパフォーマンスが勝利の女神をクスッと笑わせたからであろう。そんな気がしてならない。

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一家総出でパッティング練習中。左がファンク。右は息子のテイラー。真ん中は娘のぺり。
Photo/JJ Tanabe

2005年11月26日

トッププロの影響力

先日、フロリダ州セントオーガスチンにあるワールドゴルフビレッジ内で、世界ゴルフ殿堂の殿堂入り式典が行われた。今年は、日本の岡本綾子も殿堂入りを果たしたのだが、式典参加者の顔ぶれは少しばかり淋しいものがあった。かつては、過去に殿堂入りしたホール・オブ・フェーマーたちが勢揃いしたものだが、今年は式典に参加した男子ホール・オブ・フェーマーがたったの3人だけ。女子は7人いたが、それでも淋しいムードはぬぐいきれなかった。

淋しいといえば、今年、新たに殿堂入りを果たした顔ぶれも、岡本以外にはカーリー・ウエブ、アリスター・マッケンジー、ウィリー・パーク・シニア、バーナード・ダーウィンというもの。その名を聞いて、一般の人々が「ああ、あの人」とわかるのは、岡本とウエブの女性2人だけ。例年なら1人はいるはずの有名男子プロがいなかった。なぜなら、殿堂入りするはずだったビジェイ・シンが式典参加を辞退したからだ。

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悩める、シン。
Photo/JJ Tanabe

シンの不参加の理由は、式典の日時近辺にアジア遠征が入っていたためだ。このアジア遠征は殿堂入りが決まる以前から決まっていたもの。殿堂入りが決まった段階で、シンは米PGAツアー側に式典の日時を変更してくれと頼んだのだが、それはできないという返答を受け、だったら式典には出られないから殿堂入りは来年まで先延ばしにしてくれという強硬な態度に出たのである。

そして、蓋を開けてみれば、今年の式典はシンのみらならず大勢の欠席者を生んでしまった。その結果、殿堂入り式典は近いうちに日時が大幅変更される可能性が出てきた。新しい日時は、おそらく3月のプレーヤーズ選手権の週。TPCソーグラスにトッププロたちが集結するこの週なら、殿堂入りが決まった選手も関係者も過去のホール・オブ・フェーマーたちも、式典に参加できるだろうという考え方だ。この変更は、まさにシンの殿堂入り辞退に端を発するもの。トッププロの影響力はすごいと痛感させられる。

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殿堂入り式典
Photo/JJ Tanabe

トッププロの影響力と言えば、今年のツアー選手権で発表された07年からのツアースケジュール大幅変更プランも、トッププロたちの発言に端を発している。「シーズンが長すぎる」「散漫すぎる」とは、タイガー・ウッズやビジェイ・シン・フィル・ミケルソンらがこれまで何度も口にしてきた言葉。1試合で大金を効率よく稼ぐ彼らは、1シーズンがダラダラと1年中続くより、ある期間内に集中的に試合に出て、あとはオフを取るなり、海外に出るなりしたいというのが本音なのである。だからこそ彼らは、現状では11月まで続くシーズンを9月ぐらいで終わりにしてほしいと言い続けてきた。そして、発表された新スケジュールは、まさに彼らの希望通りのもの。こうしてみると、ほんの少数のトッププロたちの意見や好みが、ツアー全体、ひいてはゴルフ界全体を動かしているのだとわかる。

それにしても、米PGAツアーは、ちょっぴり情けない。スタープレーヤーたちの存在がTVの放映権収入やギャラリーの入場料収入の牽引力になっているのは確かだが、「あの人がこう言ったから変えよう」という態度を続けざまに見せ付けられると、「それじゃあ、あの人が何を言っても従うんですか?」と切り返したくなる。米PGAツアーにもビジネス上の都合ってものがあるのはわかるけれど、世界一のプロゴルフツアーなのだから、もう少し、その権威を保ってほしいと感じてやまない。

舩越園子

2005年11月22日

性別の壁の今後

英国ゴルフの総本山R&Aが、先日、風変わりな発表をした。この話は、すでにライブドアのサイトに連載している私のコラムでもお伝えしたのだが、もう1度、簡単におさらいすると、こういうことだ。

男子ゴルフの4大メジャーの中で、出場資格に男女の別を明記していたのは、実を言うと、全英オープンだけだった。それ以外の3つ、つまりアメリカで開催されるマスターズ、全米オープン、全米プロは、性別による出場資格の規制を明文化してはいなかった。だからと言って、これまで女性が出場していたかといえば、もちろん出場していない。ベーブ・ザハリアスが男子の試合に挑戦した大昔はさておき、近年では、女性ゴルファーが男子プロの試合に出るなんてことは、誰も考えもしなかったからだ。

しかし、最近になって事情が変わってきた。米LPGAの女王アニカ・ソレンスタムが米PGAツアーに推薦出場したかと思えば、女性クラブプロのスージー・ウエイリーが自力で出場資格を獲得。さらには、ミッシェル・ウィーの登場で、ティーンエイジャーの女子アマチュアが男子プロの試合に出るという前代未聞の珍現象が起こった。そんな昨今をかんがみ、男女の別を出場資格に加えるかどうかが現実的な問題へ発展。伝統と格式を重んじるR&Aさえもが、「性別の壁」を意識し始めたのである。

さて、R&Aが下した決定は、「女子のメジャーで5位タイ以内に入った選手は、男子の全英オープン地区(1次)予選に挑戦できる」というもの。もっとも、この予選を通過したとしても、さらに地方(2次)予選もクリアしなければ、本戦の全英オープンには出られないわけで、本当に女性が出場できる確率はかなり低い。

しかし、確率の高低はさておき、今回のR&Aの決定に猛反対しているのは、99年にカーヌスティで開催された全英オープンで劇的な敗北を喫したフランス人のジャン・バンデベルデだ。「僕はSEXISTじゃないけど、R&Aはもっと他のことにフォーカスすべきじゃないのか?長尺パターのチェックとか、そういう問題がいろいろあるだろう?」と激怒するバンデベルデは、抗議の意味を込めて、来年の全英女子オープンに出ると言い放っている。

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近年、全英オープンにラウンドレポーターとして登場したこともあった、バンデベルデ。

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同じフランス人のトーマス・レベ。02年オープンでは2位。極端に陽気な性格。バッグに日本で「トーマス・レベ」。奇抜な発想は、フランス人の国民性?
Photo/JJ Tanabe

女子が男子の世界に挑戦するのは、肉体的な差を乗り越え、性別の壁を乗り越えるという意義があるのだが、肉体的にまさる男子が女子の世界に挑戦したら、有利になるのは当然だ。だが、逆に、女子より俄然、飛距離が出る男子選手なのだから、優勝しなきゃ格好悪いなんて見方もされるわけで、それはそれでプレッシャーがかかるかもしれない。

ともあれ、オヤジ化した女性が増え、女性化した軟弱男性が増えつつあると囁かれる今日、プロゴルフの世界で性別の壁が崩れかかっているのは確かだ。この「壁」、崩れないよう維持したほうがいいのか、それとも崩してしまったほうがいいのか。思わず傾げた首が、今は元に戻らない状態だ。

舩越園子

2005年11月19日

日本でも、いかが?

今、日本ではダンロップフェニックスを開催中。タイガー・ウッズ、デビッド・デュバル、ジム・シューリックなどの米ツアー選手が出場し、盛り上がりを見せているようだ。ギャラリーも結構、集まっていると聞いているのだが、もっと大勢のギャラリーに来てもらい、より一層楽しんでもらうためには、どうしたらよいか‥‥と考えていて、ふと思い出したことがある。

今年の米ツアー終盤戦、クライスラー選手権会場で珍しいシーンが見られたのだ。17番パー3のグリーン奥。ギャラリースタンドにレオタード姿の女性たちが登場。まるで、野球場のスタンドか何かのように、彼女たちがビールを売っていた。

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こんなギャラリースタンドがあったら、おもわず会場に行きたくならないですか?
Photo/JJ TANABE

彼女たちは、アメリカの大手レストランチェーン「フーターズ」から派遣された売り子さん。フーターズは、ミニツアーとしては比較的大規模な「フーターズツアー」を主催するなどゴルフビジネスにも積極的で、この大会では、17番ホール近くにフーターズテントを出展。さらには、17番グリーン奥にフーターズスタンドを設置。そして、テントで用意したビールを売り子の彼女たちがスタンドまで運び、ギャラリーに販売していたというわけだ。

なぜ、レオタード姿なのか?このコスチュームは、全米各地にあるフーターズレストランでウエイトレスが着るユニフォームなのだ。色っぽいウエイトレスたちの姿を見たくてフーターズレストランへ行くアメリカ人男性は実はかなり多く、このコスチュームは、いわばフーターズのトレードマーク。それゆえ、たとえゴルフトーナメントの会場であろうとどこだろうと、「フーターズ=色っぽいコスチューム」の図式は崩せないし、崩さないということなのだろう。

ゴルフトーナメントの会場でビールを販売すると聞くと、すぐに思い浮かぶのは、米ツアーで最大ギャラリー数を誇るFBRオープン(旧フェニックスオープン)だ。会場でビールを飲みまくり、悪酔いしたギャラリーたちが、あまりにも大声で騒ぎすぎるということで、近年はアルコール販売を禁止したという経緯があるが、このクライスラー選手権でビールを飲んでいたギャラリーたちは、きわめてグッドマナーで、静かにビールを飲み、おとなしく観戦していた。

だが、彼らはレオタード姿のきれいなオネエさんに声をかけ、ビールを手渡してもらい、そのビールを飲みながら、何を考えていたのだろうかと思うと、少しばかり怖くなる。おとなしかったのは、もしかするとレオタードのオネエさんたちを黙ってじろじろ見つめていたからではないのだろうか。だとすれば、フロリダ州タンパの男性たちは、むっつりスケベ。酔っ払って選手たちのミスショットにギャーギャーと野次を飛ばすアリゾナ州フェニックスの男性たちのほうが、むしろ純粋なゴルフ好き‥‥なのかもしれない。

まあ、そんなことは、どっちでもよいのだが、ゴルフトーナメントの会場でレオタード姿の美人女性たちがビールを販売するなどという、およそゴルフに似つかわしくないサービスが、ゴルフトーナメントを盛り上げる一助となっているのだから、日本でも導入してみてはいかがだろうか。格式高いイギリスやスコットランドでは、もしかしたら許可が下りない話かもしれないけれど、最近はずいぶん考え方が柔軟になってきた日本であれば、「オッ、面白そうじゃん!」と言って、レオタード女性を派遣する会社が出現してもおかしくない。毎週毎週、違うコスチュームの女性がビールを売り、たとえばダンロップフェニックス恒例「○○姿のビール売り」のようなものが大会の密かなトレードマークになれば、それはそれで、集客力はアップするはず‥‥とは思いませんか?

舩越園子

2005年11月16日

我がスタイル

米ツアーの04年シーズンが終わった。1年が経つスピードが年々早まって感じられるのは年のせいだと誰かが言っていたが、この私もそう感じているのは、やっぱり年のせいなのだろうか。

それはそうと、今年、米ツアーに参戦していた日本人選手は3人。その3人が3人とも、パットに苦しんだのは不思議な偶然だった。そして、パットに苦しみ始めた途端に3人の成績が落ちていく様子を見るにつけ、ゴルフはまさに「パット・イズ・マネー」だなあと思わずにはいられなかった。

その中で、丸山茂樹は、終盤に自分なりの糸口を見い出し、成績アップ。田中秀道は、パターを何本も何本も替えながら、やはり最後の最後に追い上げを見せ、まず無理だろうと思われていた来季のシードを見事に獲得。今田竜二は、全米オープン後の腰痛による欠場が響き、そこへ来てパットの不調が輪をかけたのだが、なんとかシードを獲得し、やれやれ。パットに泣き続けた3人が、全員、来季も姿を見せてくれることになり、本当に良かった。

さて、パットが不調になると、選手たちはいろんな試行錯誤を繰り返す。パターを変えたり、グリップ方法を変えたり、構えを変えたり、ストロークを変えたり。試行錯誤を繰り返すあまり、自分なりのスタイルを見失い、完全に狂ってしまうという最悪のパターンも、ままある。

だが、自分に最適な独自のスタイルをしっかり固めている選手は、あまりパットの不調に陥らないように思える。その代表例は、クリス・ディマルコのゲーターグリップ。彼は、かつてイップスに苦しんだのだが、その解決策としてゲーターグリップを採用し、今ではパットの名手と呼ばれるようになった。

そして、ディマルコに負けず劣らぬユニークなパッティングスタイルを誇っているのは、ノタ・ビゲイだ。彼は、フックラインは得意だが、スライスラインは大嫌い。それゆえ、どんな場合もフックラインで打つという究極のスタイルを見い出した。それは、スライスラインのとき、左打ちに変えるという荒療治。ビゲイは右利きなのだが、左打ちで構えれば、スライスラインはフックラインへ早代わり。だが、ゴルフバッグの中にパターを2本入れるわけにもいかない。それゆえ彼は、右打ちでも左打ちでもできるよう、両面パターを使っているのだ。

ノタ・ビゲイ.jpg
Photo/JJ TANABE

とはいえ、世の中に両面パターなんてものは、さほど沢山は存在しない。ビゲイは、ブルズアイの特注の両面パターを使っていたのだが、今年の終盤戦では見慣れない両面パターを手にしていた。「ちょっと見せて」と頼み、手に取ってみると、なんと、それは「RENEGADE」なるマレット型の両面パター。「こんなの初めて見た!」と言うと、「これなら、ガンガン入るよ」とビゲイ。

両面マレットパター.jpg
Photo/JJ Tanabe

ここまで「我がスタイル」が確立されていれば、滅多なことでは揺るがないだろうと思えてくる。パットに限らず、ゴルフに限らず、「我がスタイル」は強い。他人と異なろうとも、奇妙と呼ばれようとも、「我がスタイル」に自信を持つべきだと、つくづく思った。

舩越園子

我がスタイル

米ツアーの04年シーズンが終わった。1年が経つスピードが年々早まって感じられるのは年のせいだと誰かが言っていたが、この私もそう感じているのは、やっぱり年のせいなのだろうか。

それはそうと、今年、米ツアーに参戦していた日本人選手は3人。その3人が3人とも、パットに苦しんだのは不思議な偶然だった。そして、パットに苦しみ始めた途端に3人の成績が落ちていく様子を見るにつけ、ゴルフはまさに「パット・イズ・マネー」だなあと思わずにはいられなかった。

その中で、丸山茂樹は、終盤に自分なりの糸口を見い出し、成績アップ。田中秀道は、パターを何本も何本も替えながら、やはり最後の最後に追い上げを見せ、まず無理だろうと思われていた来季のシードを見事に獲得。今田竜二は、全米オープン後の腰痛による欠場が響き、そこへ来てパットの不調が輪をかけたのだが、なんとかシードを獲得し、やれやれ。パットに泣き続けた3人が、全員、来季も姿を見せてくれることになり、本当に良かった。

さて、パットが不調になると、選手たちはいろんな試行錯誤を繰り返す。パターを変えたり、グリップ方法を変えたり、構えを変えたり、ストロークを変えたり。試行錯誤を繰り返すあまり、自分なりのスタイルを見失い、完全に狂ってしまうという最悪のパターンも、ままある。

だが、自分に最適な独自のスタイルをしっかり固めている選手は、あまりパットの不調に陥らないように思える。その代表例は、クリス・ディマルコのゲーターグリップ。彼は、かつてイップスに苦しんだのだが、その解決策としてゲーターグリップを採用し、今ではパットの名手と呼ばれるようになった。

そして、ディマルコに負けず劣らぬユニークなパッティングスタイルを誇っているのは、ノタ・ビゲイだ。彼は、フックラインは得意だが、スライスラインは大嫌い。それゆえ、どんな場合もフックラインで打つという究極のスタイルを見い出した。それは、スライスラインのとき、左打ちに変えるという荒療治。ビゲイは右利きなのだが、左打ちで構えれば、スライスラインはフックラインへ早代わり。だが、ゴルフバッグの中にパターを2本入れるわけにもいかない。それゆえ彼は、右打ちでも左打ちでもできるよう、両面パターを使っているのだ。

ノタ・ビゲイ.jpg
Photo/JJ TANABE

とはいえ、世の中に両面パターなんてものは、さほど沢山は存在しない。ビゲイは、ブルズアイの特注の両面パターを使っていたのだが、今年の終盤戦では見慣れない両面パターを手にしていた。「ちょっと見せて」と頼み、手に取ってみると、なんと、それは「RENEGADE」なるマレット型の両面パター。「こんなの初めて見た!」と言うと、「これなら、ガンガン入るよ」とビゲイ。

両面マレットパター.jpg
Photo/JJ Tanabe

ここまで「我がスタイル」が確立されていれば、滅多なことでは揺るがないだろうと思えてくる。パットに限らず、ゴルフに限らず、「我がスタイル」は強い。他人と異なろうとも、奇妙と呼ばれようとも、「我がスタイル」に自信を持つべきだと、つくづく思った。

舩越園子

我がスタイル

米ツアーの04年シーズンが終わった。1年が経つスピードが年々早まって感じられるのは年のせいだと誰かが言っていたが、この私もそう感じているのは、やっぱり年のせいなのだろうか。

それはそうと、今年、米ツアーに参戦していた日本人選手は3人。その3人が3人とも、パットに苦しんだのは不思議な偶然だった。そして、パットに苦しみ始めた途端に3人の成績が落ちていく様子を見るにつけ、ゴルフはまさに「パット・イズ・マネー」だなあと思わずにはいられなかった。

その中で、丸山茂樹は、終盤に自分なりの糸口を見い出し、成績アップ。田中秀道は、パターを何本も何本も替えながら、やはり最後の最後に追い上げを見せ、まず無理だろうと思われていた来季のシードを見事に獲得。今田竜二は、全米オープン後の腰痛による欠場が響き、そこへ来てパットの不調が輪をかけたのだが、なんとかシードを獲得し、やれやれ。パットに泣き続けた3人が、全員、来季も姿を見せてくれることになり、本当に良かった。

さて、パットが不調になると、選手たちはいろんな試行錯誤を繰り返す。パターを変えたり、グリップ方法を変えたり、構えを変えたり、ストロークを変えたり。試行錯誤を繰り返すあまり、自分なりのスタイルを見失い、完全に狂ってしまうという最悪のパターンも、ままある。

だが、自分に最適な独自のスタイルをしっかり固めている選手は、あまりパットの不調に陥らないように思える。その代表例は、クリス・ディマルコのゲーターグリップ。彼は、かつてイップスに苦しんだのだが、その解決策としてゲーターグリップを採用し、今ではパットの名手と呼ばれるようになった。

そして、ディマルコに負けず劣らぬユニークなパッティングスタイルを誇っているのは、ノタ・ビゲイだ。彼は、フックラインは得意だが、スライスラインは大嫌い。それゆえ、どんな場合もフックラインで打つという究極のスタイルを見い出した。それは、スライスラインのとき、左打ちに変えるという荒療治。ビゲイは右利きなのだが、左打ちで構えれば、スライスラインはフックラインへ早代わり。だが、ゴルフバッグの中にパターを2本入れるわけにもいかない。それゆえ彼は、右打ちでも左打ちでもできるよう、両面パターを使っているのだ。

ノタ・ビゲイ.jpg
Photo/JJ TANABE

とはいえ、世の中に両面パターなんてものは、さほど沢山は存在しない。ビゲイは、ブルズアイの特注の両面パターを使っていたのだが、今年の終盤戦では見慣れない両面パターを手にしていた。「ちょっと見せて」と頼み、手に取ってみると、なんと、それは「RENEGADE」なるマレット型の両面パター。「こんなの初めて見た!」と言うと、「これなら、ガンガン入るよ」とビゲイ。

両面マレットパター.jpg
Photo/JJ Tanabe

ここまで「我がスタイル」が確立されていれば、滅多なことでは揺るがないだろうと思えてくる。パットに限らず、ゴルフに限らず、「我がスタイル」は強い。他人と異なろうとも、奇妙と呼ばれようとも、「我がスタイル」に自信を持つべきだと、つくづく思った。

舩越園子

2005年11月09日

大切な“重み”

米ツアー最終戦、ツアー選手権はバート・ブライアントの圧勝で幕を閉じた。と言うより、幕開けからずっとブライアント首位のまま終わったと言ったほうが正確である。

バート・ブライアントって誰?と思う人も多いと思う。今年のメモリアルでも勝利し、ツアー選手権で2つ目のビッグタイトルを手に入れたブライアントの栄光への道程には、もちろん隠された秘話があり、それはそれで涙のドラマなのだが、一般的な見方をすれば、タイガー・ウッズやビジェイ・シンといったスターたちの熾烈な争いが見られなかった今年の大会は、やや盛り上がりに欠けたという感は否めない。

そんな中で、どうしても気になるのは、タイガーのコメントだ。ブライアントに追いつくことができず、6打差で2位になった直後のインタビュー。すでに確定していた今年の賞金王タイトルの意義を尋ねられたタイガーは、「僕は賞金王には、はっきり言ってあんまり興味がない」と、ピシャリ。

そりゃ、メジャー通算10勝を挙げ、今年だけでもメジャー2勝、目指すは年間グランドスラムのみのタイガーなわけだから、そう言いたくなる気持ちもわからなくはないのだが、せめて「賞金王タイトルを3年ぶりにビジェイから奪い戻したのは、うれしい」ぐらいのことを言ってほしかった。

米ツアー選手の大半は、賞金王タイトルを1度でいいから手に入れたいと思いながら、手に入れられずに終わる。弱肉強食の世界で、情けは無用と言われればそれまでだが、「そんなもん、どうでもいい」というニュアンスが出過ぎると、少しばかり、「てやんでえ~」という気持ちも芽生えてしまう。そこまで言い放つなら、賞金王なんて夢にも見たことがないであろうブライアントに追いつき、追い抜き、大逆転優勝でもしたあかつきに言ってほしかった。

そういえば、ビジェイ・シンにも、ビッグタイトルを軽視しているとしか思えない言動があった。今年、世界ゴルフ殿堂入りが決まったシン。しかし、前々から決めていた「アジアへのビジネストリップ」と殿堂入り式典の日程が重なったそうで、シンは式典の日程変更を要求。「それはできない」と言われると、「ならば、アジアへのビジネストリップを優先するから、殿堂入りは来年まで延長してくれ」。

タイガー&ビジェイ.jpg
“ビッグ2”とも呼ぶべき2人。コースではもっと火花を散らして欲しかった。
Photo/JJ Tanabe

全ゴルファーの夢のまた夢である世界ゴルフ殿堂入り。その栄誉を、ちょっとした約束を先延ばしするかのごとく、「また今度ね」なんて言い放つシン。これはやっぱり、シンの驕り高ぶりだ。

折りしも、米ツアーの07年スケジュールの大幅変更が発表され、その変更の大半はタイガーとシンの意見を参考にして作成されたと噂される昨今。2人の言動が及ぼす影響力の大きさ、重みは、本人たちが思っている以上に大きく重い。手にするドル札の重みは実感しているだろうけど、もっと大切な重みを、もう1度、考えてほしいと思えてならない。

舩越園子

大切な“重み”

米ツアー最終戦、ツアー選手権はバート・ブライアントの圧勝で幕を閉じた。と言うより、幕開けからずっとブライアント首位のまま終わったと言ったほうが正確である。

バート・ブライアントって誰?と思う人も多いと思う。今年のメモリアルでも勝利し、ツアー選手権で2つ目のビッグタイトルを手に入れたブライアントの栄光への道程には、もちろん隠された秘話があり、それはそれで涙のドラマなのだが、一般的な見方をすれば、タイガー・ウッズやビジェイ・シンといったスターたちの熾烈な争いが見られなかった今年の大会は、やや盛り上がりに欠けたという感は否めない。

そんな中で、どうしても気になるのは、タイガーのコメントだ。ブライアントに追いつくことができず、6打差で2位になった直後のインタビュー。すでに確定していた今年の賞金王タイトルの意義を尋ねられたタイガーは、「僕は賞金王には、はっきり言ってあんまり興味がない」と、ピシャリ。

そりゃ、メジャー通算10勝を挙げ、今年だけでもメジャー2勝、目指すは年間グランドスラムのみのタイガーなわけだから、そう言いたくなる気持ちもわからなくはないのだが、せめて「賞金王タイトルを3年ぶりにビジェイから奪い戻したのは、うれしい」ぐらいのことを言ってほしかった。

米ツアー選手の大半は、賞金王タイトルを1度でいいから手に入れたいと思いながら、手に入れられずに終わる。弱肉強食の世界で、情けは無用と言われればそれまでだが、「そんなもん、どうでもいい」というニュアンスが出過ぎると、少しばかり、「てやんでえ~」という気持ちも芽生えてしまう。そこまで言い放つなら、賞金王なんて夢にも見たことがないであろうブライアントに追いつき、追い抜き、大逆転優勝でもしたあかつきに言ってほしかった。

そういえば、ビジェイ・シンにも、ビッグタイトルを軽視しているとしか思えない言動があった。今年、世界ゴルフ殿堂入りが決まったシン。しかし、前々から決めていた「アジアへのビジネストリップ」と殿堂入り式典の日程が重なったそうで、シンは式典の日程変更を要求。「それはできない」と言われると、「ならば、アジアへのビジネストリップを優先するから、殿堂入りは来年まで延長してくれ」。

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“ビッグ2”とも呼ぶべき2人。コースではもっと火花を散らして欲しかった。
Photo/JJ Tanabe

全ゴルファーの夢のまた夢である世界ゴルフ殿堂入り。その栄誉を、ちょっとした約束を先延ばしするかのごとく、「また今度ね」なんて言い放つシン。これはやっぱり、シンの驕り高ぶりだ。

折りしも、米ツアーの07年スケジュールの大幅変更が発表され、その変更の大半はタイガーとシンの意見を参考にして作成されたと噂される昨今。2人の言動が及ぼす影響力の大きさ、重みは、本人たちが思っている以上に大きく重い。手にするドル札の重みは実感しているだろうけど、もっと大切な重みを、もう1度、考えてほしいと思えてならない。

舩越園子

大切な“重み”

米ツアー最終戦、ツアー選手権はバート・ブライアントの圧勝で幕を閉じた。と言うより、幕開けからずっとブライアント首位のまま終わったと言ったほうが正確である。

バート・ブライアントって誰?と思う人も多いと思う。今年のメモリアルでも勝利し、ツアー選手権で2つ目のビッグタイトルを手に入れたブライアントの栄光への道程には、もちろん隠された秘話があり、それはそれで涙のドラマなのだが、一般的な見方をすれば、タイガー・ウッズやビジェイ・シンといったスターたちの熾烈な争いが見られなかった今年の大会は、やや盛り上がりに欠けたという感は否めない。

そんな中で、どうしても気になるのは、タイガーのコメントだ。ブライアントに追いつくことができず、6打差で2位になった直後のインタビュー。すでに確定していた今年の賞金王タイトルの意義を尋ねられたタイガーは、「僕は賞金王には、はっきり言ってあんまり興味がない」と、ピシャリ。

そりゃ、メジャー通算10勝を挙げ、今年だけでもメジャー2勝、目指すは年間グランドスラムのみのタイガーなわけだから、そう言いたくなる気持ちもわからなくはないのだが、せめて「賞金王タイトルを3年ぶりにビジェイから奪い戻したのは、うれしい」ぐらいのことを言ってほしかった。

米ツアー選手の大半は、賞金王タイトルを1度でいいから手に入れたいと思いながら、手に入れられずに終わる。弱肉強食の世界で、情けは無用と言われればそれまでだが、「そんなもん、どうでもいい」というニュアンスが出過ぎると、少しばかり、「てやんでえ~」という気持ちも芽生えてしまう。そこまで言い放つなら、賞金王なんて夢にも見たことがないであろうブライアントに追いつき、追い抜き、大逆転優勝でもしたあかつきに言ってほしかった。

そういえば、ビジェイ・シンにも、ビッグタイトルを軽視しているとしか思えない言動があった。今年、世界ゴルフ殿堂入りが決まったシン。しかし、前々から決めていた「アジアへのビジネストリップ」と殿堂入り式典の日程が重なったそうで、シンは式典の日程変更を要求。「それはできない」と言われると、「ならば、アジアへのビジネストリップを優先するから、殿堂入りは来年まで延長してくれ」。

タイガー&ビジェイ.jpg
“ビッグ2”とも呼ぶべき2人。コースではもっと火花を散らして欲しかった。
Photo/JJ Tanabe

全ゴルファーの夢のまた夢である世界ゴルフ殿堂入り。その栄誉を、ちょっとした約束を先延ばしするかのごとく、「また今度ね」なんて言い放つシン。これはやっぱり、シンの驕り高ぶりだ。

折りしも、米ツアーの07年スケジュールの大幅変更が発表され、その変更の大半はタイガーとシンの意見を参考にして作成されたと噂される昨今。2人の言動が及ぼす影響力の大きさ、重みは、本人たちが思っている以上に大きく重い。手にするドル札の重みは実感しているだろうけど、もっと大切な重みを、もう1度、考えてほしいと思えてならない。

舩越園子

2005年10月26日

ゴルフカートの運転手

アメリカのシニアツアーであるチャンピオンズツアーでは、昨年まで試合におけるカート使用が許可されていた。今年からはカート使用が禁止になり、足腰に故障をもつ選手たちが訴訟を起こす事態に発展している。

それはさておき、10年ほど前、チャンピオンズツアーに初めて取材に行って、とても驚いたことがあった。当時はもちろんカートが使われていたのだが、ふと見ると、有名選手が自分でカートを運転し、キャディはその横にちょこんと座って、「ら~くらく」という表情だったからだ。普通に考えれば、ラウンド中に選手を助けるべきキャディがふんぞり返り、選手に運転させているなんて、おかしいではないか。だが、あっちを見てもこっちを見ても、大抵の場合、選手が自らハンドルを握っており、なんか変だなあと首を傾げたものだ。それ以来、同じような光景を目にしても、それが当たり前なのだろうと思って、気にも留めなくなっていた。だが、ここ最近、その疑問が再び浮上した。

シニアではなくレギュラーツアーの米PGAツアーでも、選手のカート使用を目にすることがある。もちろん試合中ではないが、複数のコースを使用する試合の場合は練習日にカート使用が許されることがあるのだ。その1つ、フロリダ州オーランドで開催されたフナイクラシックは、マグノリアコースとパームコースの両コースを使うため、練習ラウンドの時間をセーブするためにカート使用が許される。

で、その練習日、あのビジェイ・シンがキャディを横に座らせ、自分で運転している姿を発見した。あのビジェイも自分で運転するのか、と思ったら、かつての疑問がどんどん膨らみ始め、周囲を見回した。すると、やっぱり選手が運転するパターンのほうが圧倒的に多いことがすぐにわかった。なぜキャディではなく選手が自ら運転するのだろうか。

運転するシン.jpg
ゴルフの練習も、カートの運転も、どちらも楽しそうなシン。
Photo/JJ Tanabe

そう思いながらテクテクとコースを歩いていたら、後ろからカートでやってきたクレッグ・バーローのキャディが「乗っていくかい?」と声をかけてくれた。「いいの?ラッキー!」と飛び乗り、このときとばかりに疑問をぶつけてみた。「あなたは、いつも自分でカートを運転するの?それとも選手が運転するの?」キャディの答えは、こうだった。「いや、運転するのは選手のほうだ」

どうしてなのだろう?「オレはイギリス人なんだけど、ヨーロピアンツアーでは、普通はキャディが運転して選手は横に座る。でも、アメリカツアーでは、選手が運転したがるんだよ」「なぜ?」「さあ、なぜだろう。たぶん、アメリカ人だからだろうなあ」「なるほど~」

そう答えたものの、何が「なるほど」なのか、よくわからない。ただ、「アメリカ人だから」という言葉に一理あるのは確かだ。個人主義のアメリカ人。合理主義のアメリカ人。自由を求めるアメリカ人。自分で運転したほうが、好きなときに好きな方へ好きなスピードで行けるし、好きなときに好きなところで止まれるし、だから人に頼むより運転するほうがいいということ。そのほうが選手にとっては自由だということ。キャディは選手に雇われているわけだけど、雇用主の選手がカートを運転してはいけないなんて誰が決めた?‥‥というところだろうか。

同乗する宮里.jpg
今年の米LPGA・QT1次予選での風景。藍ちゃんも、カートの運転には慣れている。
Photo/JJ Tanabe

ビジェイはアメリカ人ではなくフィジー人。だが、アメリカ生活が長く、すっかりアメリカナイズされているビジェイは、考え方もアメリカンになっているに違いない。そう言えば、アーノルド・パーマーの大会であるベイヒルインビテーショナルでは、パーマーが自らカートを運転して会場内を行き来する姿を毎年、見かける。キングでさえ、自分でカートを運転する--アメリカとは、そういう国なのだ。

舩越園子

ゴルフカートの運転手

アメリカのシニアツアーであるチャンピオンズツアーでは、昨年まで試合におけるカート使用が許可されていた。今年からはカート使用が禁止になり、足腰に故障をもつ選手たちが訴訟を起こす事態に発展している。

それはさておき、10年ほど前、チャンピオンズツアーに初めて取材に行って、とても驚いたことがあった。当時はもちろんカートが使われていたのだが、ふと見ると、有名選手が自分でカートを運転し、キャディはその横にちょこんと座って、「ら~くらく」という表情だったからだ。普通に考えれば、ラウンド中に選手を助けるべきキャディがふんぞり返り、選手に運転させているなんて、おかしいではないか。だが、あっちを見てもこっちを見ても、大抵の場合、選手が自らハンドルを握っており、なんか変だなあと首を傾げたものだ。それ以来、同じような光景を目にしても、それが当たり前なのだろうと思って、気にも留めなくなっていた。だが、ここ最近、その疑問が再び浮上した。

シニアではなくレギュラーツアーの米PGAツアーでも、選手のカート使用を目にすることがある。もちろん試合中ではないが、複数のコースを使用する試合の場合は練習日にカート使用が許されることがあるのだ。その1つ、フロリダ州オーランドで開催されたフナイクラシックは、マグノリアコースとパームコースの両コースを使うため、練習ラウンドの時間をセーブするためにカート使用が許される。

で、その練習日、あのビジェイ・シンがキャディを横に座らせ、自分で運転している姿を発見した。あのビジェイも自分で運転するのか、と思ったら、かつての疑問がどんどん膨らみ始め、周囲を見回した。すると、やっぱり選手が運転するパターンのほうが圧倒的に多いことがすぐにわかった。なぜキャディではなく選手が自ら運転するのだろうか。

運転するシン.jpg
ゴルフの練習も、カートの運転も、どちらも楽しそうなシン。
Photo/JJ Tanabe

そう思いながらテクテクとコースを歩いていたら、後ろからカートでやってきたクレッグ・バーローのキャディが「乗っていくかい?」と声をかけてくれた。「いいの?ラッキー!」と飛び乗り、このときとばかりに疑問をぶつけてみた。「あなたは、いつも自分でカートを運転するの?それとも選手が運転するの?」キャディの答えは、こうだった。「いや、運転するのは選手のほうだ」

どうしてなのだろう?「オレはイギリス人なんだけど、ヨーロピアンツアーでは、普通はキャディが運転して選手は横に座る。でも、アメリカツアーでは、選手が運転したがるんだよ」「なぜ?」「さあ、なぜだろう。たぶん、アメリカ人だからだろうなあ」「なるほど~」

そう答えたものの、何が「なるほど」なのか、よくわからない。ただ、「アメリカ人だから」という言葉に一理あるのは確かだ。個人主義のアメリカ人。合理主義のアメリカ人。自由を求めるアメリカ人。自分で運転したほうが、好きなときに好きな方へ好きなスピードで行けるし、好きなときに好きなところで止まれるし、だから人に頼むより運転するほうがいいということ。そのほうが選手にとっては自由だということ。キャディは選手に雇われているわけだけど、雇用主の選手がカートを運転してはいけないなんて誰が決めた?‥‥というところだろうか。

同乗する宮里.jpg
今年の米LPGA・QT1次予選での風景。藍ちゃんも、カートの運転には慣れている。
Photo/JJ Tanabe

ビジェイはアメリカ人ではなくフィジー人。だが、アメリカ生活が長く、すっかりアメリカナイズされているビジェイは、考え方もアメリカンになっているに違いない。そう言えば、アーノルド・パーマーの大会であるベイヒルインビテーショナルでは、パーマーが自らカートを運転して会場内を行き来する姿を毎年、見かける。キングでさえ、自分でカートを運転する--アメリカとは、そういう国なのだ。

舩越園子

ゴルフカートの運転手

アメリカのシニアツアーであるチャンピオンズツアーでは、昨年まで試合におけるカート使用が許可されていた。今年からはカート使用が禁止になり、足腰に故障をもつ選手たちが訴訟を起こす事態に発展している。

それはさておき、10年ほど前、チャンピオンズツアーに初めて取材に行って、とても驚いたことがあった。当時はもちろんカートが使われていたのだが、ふと見ると、有名選手が自分でカートを運転し、キャディはその横にちょこんと座って、「ら~くらく」という表情だったからだ。普通に考えれば、ラウンド中に選手を助けるべきキャディがふんぞり返り、選手に運転させているなんて、おかしいではないか。だが、あっちを見てもこっちを見ても、大抵の場合、選手が自らハンドルを握っており、なんか変だなあと首を傾げたものだ。それ以来、同じような光景を目にしても、それが当たり前なのだろうと思って、気にも留めなくなっていた。だが、ここ最近、その疑問が再び浮上した。

シニアではなくレギュラーツアーの米PGAツアーでも、選手のカート使用を目にすることがある。もちろん試合中ではないが、複数のコースを使用する試合の場合は練習日にカート使用が許されることがあるのだ。その1つ、フロリダ州オーランドで開催されたフナイクラシックは、マグノリアコースとパームコースの両コースを使うため、練習ラウンドの時間をセーブするためにカート使用が許される。

で、その練習日、あのビジェイ・シンがキャディを横に座らせ、自分で運転している姿を発見した。あのビジェイも自分で運転するのか、と思ったら、かつての疑問がどんどん膨らみ始め、周囲を見回した。すると、やっぱり選手が運転するパターンのほうが圧倒的に多いことがすぐにわかった。なぜキャディではなく選手が自ら運転するのだろうか。

運転するシン.jpg
ゴルフの練習も、カートの運転も、どちらも楽しそうなシン。
Photo/JJ Tanabe

そう思いながらテクテクとコースを歩いていたら、後ろからカートでやってきたクレッグ・バーローのキャディが「乗っていくかい?」と声をかけてくれた。「いいの?ラッキー!」と飛び乗り、このときとばかりに疑問をぶつけてみた。「あなたは、いつも自分でカートを運転するの?それとも選手が運転するの?」キャディの答えは、こうだった。「いや、運転するのは選手のほうだ」

どうしてなのだろう?「オレはイギリス人なんだけど、ヨーロピアンツアーでは、普通はキャディが運転して選手は横に座る。でも、アメリカツアーでは、選手が運転したがるんだよ」「なぜ?」「さあ、なぜだろう。たぶん、アメリカ人だからだろうなあ」「なるほど~」

そう答えたものの、何が「なるほど」なのか、よくわからない。ただ、「アメリカ人だから」という言葉に一理あるのは確かだ。個人主義のアメリカ人。合理主義のアメリカ人。自由を求めるアメリカ人。自分で運転したほうが、好きなときに好きな方へ好きなスピードで行けるし、好きなときに好きなところで止まれるし、だから人に頼むより運転するほうがいいということ。そのほうが選手にとっては自由だということ。キャディは選手に雇われているわけだけど、雇用主の選手がカートを運転してはいけないなんて誰が決めた?‥‥というところだろうか。

同乗する宮里.jpg
今年の米LPGA・QT1次予選での風景。藍ちゃんも、カートの運転には慣れている。
Photo/JJ Tanabe

ビジェイはアメリカ人ではなくフィジー人。だが、アメリカ生活が長く、すっかりアメリカナイズされているビジェイは、考え方もアメリカンになっているに違いない。そう言えば、アーノルド・パーマーの大会であるベイヒルインビテーショナルでは、パーマーが自らカートを運転して会場内を行き来する姿を毎年、見かける。キングでさえ、自分でカートを運転する--アメリカとは、そういう国なのだ。

舩越園子

2005年10月16日

NY&ゴルフ

今日から私のNY生活がスタートした。フロリダからニューヨークまでは約1000マイルの距離。引越しは、私の相棒であるカメラマンのJJ(田辺安啓)がトラックで荷物を運び、私は飛行機でNY入りという具合に楽をさせてもらった。しかし、アメリカ生活13年、フロリダには8年、暮らしていたわけで、その間に増えた荷物は膨大。7割方は捨て去ったが、それでも残りの3割を運ぶのは大変な作業だった。

ところで、NYというと、世界の中心地、トレンドやファッションの中心地というイメージが強く、ゴルフとはかけ離れた感がある。新しい住所や連絡先を一通りの知人友人にメールで知らせたら、私の仕事とは無関係の友人たちから、「ニューヨーク?えっ、ゴルフの仕事、辞めたの?」などというメールが返ってきて、笑ってしまった。

確かに、フロリダとゴルフは直結イメージでも、NYとゴルフは、すぐには結びつかないかもしれない。実際、マンハッタンのような街中にゴルフ場があるはずはなく、米ツアー選手でも、NY暮らしはほとんどいない。なぜ、いないか?理由は簡単。NYは冬が寒くて、ゴルフの練習ができないからだ。

プロゴルファーの多くは、冬でも温暖なフロリダ、アリゾナ、カリフォルニア暮らしが多い。NY出身者でも、プロになったら温かい気候の土地へ引っ越すことが多い。また、高額賞金を得ることから、所得税がかからないフロリダを選ぶことも多い。マルチミリオネアのタイガー・ウッズは、その代表例だ。

米ツアー選手の中でNY州内に居を構えているのは誰だろうと考えても、ジョイ・シンデラーぐらいしか思いつかない。NY近郊暮らしは、ブラッド・ファクソン。ニュージャージー州生まれのファクソンの自宅はNYから車で2時間ぐらい離れたロードアイランドだ。生粋のニューヨーカーのジェフ・スルーマンは、結婚相手が元々シカゴで開業医をしていたため、それに合わせてシカゴへ引越し、ずっとシカゴ暮らし。それ以外に、住まいとNYが結びつく選手は思い当たらない。

ファクソン.jpg
パットの名手で知られるファクソン。パッティングなら、冬場でも家の中で練習できる。そんなテレビCMがありました。
PHOTO/JJ TANABE

だが、NYとゴルフは無関係では決してないのだ。と言うのも、ゴルフのメジャーがNY近郊で開催されるケースは案外、多いからだ。

今年の全米プロは、NYから一歩だけニュージャージー州側へ入ったバルタスロールで開催された。去年の全米オープンは、NY州ロングアイランドにあるシネコックヒルズで開催された。02年の全米オープン開催コース、ベスページもNY。そして、これらに共通する不思議な特徴が1つある。それは、NYが舞台のメジャーでは、とにかく、フィル・ミケルソン人気が爆発するということだ。

大歓迎を受けるミケルソン自身も、「NYは最高だ。私が一番好きな土地だ」と頬をゆるっめっぱなし。なぜ、ニューヨーカーゴルファーがミケルソンに熱狂するのか、そのワケは不明なのだが、1つだけ想像できることがある。ミケルソンは元来、アメリカの国民的ヒーロー。世界ナンバー1のタイガーを上回る人気を誇っていた。そこへきて、勃発したのが、あの同時爆破テロ。苦難を味わったニューヨーカーたちは、街の再建と合衆国の安全、発展を目指し、心を1つにしようとしていた。そんなとき、NYやその近郊で開かれたメジャーで、心を1つにするための象徴を求めた。それが、ミケルソンだったというわけだ。

ミケ&タイガー.jpg
来年の全米オープンもNY近郊で開催。ベスページ(2002年)で優勝を争った2人のバトルの再現もありうる。
PHOTO/JJ TANABE

メジャーに限らず、米ツアーのレギュラートーナメントでも、3試合ぐらいはNYとその近郊で開催される。そのたびに選手やその家族は、マンハッタンを楽しむ。丸山茂樹や田中秀道らも、少なからずNYを好んでいるようで、「ウチにも、いらっしゃいましたよ」なんて言葉を、マンハッタンのいくつかの飲食店で聞かされたことがある。

だが、私がNYへ引っ越そうか、どうしようかと思案に暮れていたとき、丸山はこんなことを言った。「えっ、NY?やめたほうがいいよ。ビルばっかりで空が見えないんだよ。星だって見えないんだよ」。丸山は、なかなかのロマンチスト。そして、空が見えない街で暮らすのはよくないと、アドバイスをくれたのだけれど、私はそれでもNY生活を選んでしまった。なぜって、楽しそうだから。いやいや、それはそれとして、ゴルフしか見えていなかった自分の目に、もう少し栄養を与えなければ、視野や見聞が広がらないと思ったからだ。だからこそ、NY生活。でも、せっかくのアドバイスを聞き入れなくて、丸山プロ、ごめんなさい。

NY&ゴルフ

今日から私のNY生活がスタートした。フロリダからニューヨークまでは約1000マイルの距離。引越しは、私の相棒であるカメラマンのJJ(田辺安啓)がトラックで荷物を運び、私は飛行機でNY入りという具合に楽をさせてもらった。しかし、アメリカ生活13年、フロリダには8年、暮らしていたわけで、その間に増えた荷物は膨大。7割方は捨て去ったが、それでも残りの3割を運ぶのは大変な作業だった。

ところで、NYというと、世界の中心地、トレンドやファッションの中心地というイメージが強く、ゴルフとはかけ離れた感がある。新しい住所や連絡先を一通りの知人友人にメールで知らせたら、私の仕事とは無関係の友人たちから、「ニューヨーク?えっ、ゴルフの仕事、辞めたの?」などというメールが返ってきて、笑ってしまった。

確かに、フロリダとゴルフは直結イメージでも、NYとゴルフは、すぐには結びつかないかもしれない。実際、マンハッタンのような街中にゴルフ場があるはずはなく、米ツアー選手でも、NY暮らしはほとんどいない。なぜ、いないか?理由は簡単。NYは冬が寒くて、ゴルフの練習ができないからだ。

プロゴルファーの多くは、冬でも温暖なフロリダ、アリゾナ、カリフォルニア暮らしが多い。NY出身者でも、プロになったら温かい気候の土地へ引っ越すことが多い。また、高額賞金を得ることから、所得税がかからないフロリダを選ぶことも多い。マルチミリオネアのタイガー・ウッズは、その代表例だ。

米ツアー選手の中でNY州内に居を構えているのは誰だろうと考えても、ジョイ・シンデラーぐらいしか思いつかない。NY近郊暮らしは、ブラッド・ファクソン。ニュージャージー州生まれのファクソンの自宅はNYから車で2時間ぐらい離れたロードアイランドだ。生粋のニューヨーカーのジェフ・スルーマンは、結婚相手が元々シカゴで開業医をしていたため、それに合わせてシカゴへ引越し、ずっとシカゴ暮らし。それ以外に、住まいとNYが結びつく選手は思い当たらない。

ファクソン.jpg
パットの名手で知られるファクソン。パッティングなら、冬場でも家の中で練習できる。そんなテレビCMがありました。
PHOTO/JJ TANABE

だが、NYとゴルフは無関係では決してないのだ。と言うのも、ゴルフのメジャーがNY近郊で開催されるケースは案外、多いからだ。

今年の全米プロは、NYから一歩だけニュージャージー州側へ入ったバルタスロールで開催された。去年の全米オープンは、NY州ロングアイランドにあるシネコックヒルズで開催された。02年の全米オープン開催コース、ベスページもNY。そして、これらに共通する不思議な特徴が1つある。それは、NYが舞台のメジャーでは、とにかく、フィル・ミケルソン人気が爆発するということだ。

大歓迎を受けるミケルソン自身も、「NYは最高だ。私が一番好きな土地だ」と頬をゆるっめっぱなし。なぜ、ニューヨーカーゴルファーがミケルソンに熱狂するのか、そのワケは不明なのだが、1つだけ想像できることがある。ミケルソンは元来、アメリカの国民的ヒーロー。世界ナンバー1のタイガーを上回る人気を誇っていた。そこへきて、勃発したのが、あの同時爆破テロ。苦難を味わったニューヨーカーたちは、街の再建と合衆国の安全、発展を目指し、心を1つにしようとしていた。そんなとき、NYやその近郊で開かれたメジャーで、心を1つにするための象徴を求めた。それが、ミケルソンだったというわけだ。

ミケ&タイガー.jpg
来年の全米オープンもNY近郊で開催。ベスページ(2002年)で優勝を争った2人のバトルの再現もありうる。
PHOTO/JJ TANABE

メジャーに限らず、米ツアーのレギュラートーナメントでも、3試合ぐらいはNYとその近郊で開催される。そのたびに選手やその家族は、マンハッタンを楽しむ。丸山茂樹や田中秀道らも、少なからずNYを好んでいるようで、「ウチにも、いらっしゃいましたよ」なんて言葉を、マンハッタンのいくつかの飲食店で聞かされたことがある。

だが、私がNYへ引っ越そうか、どうしようかと思案に暮れていたとき、丸山はこんなことを言った。「えっ、NY?やめたほうがいいよ。ビルばっかりで空が見えないんだよ。星だって見えないんだよ」。丸山は、なかなかのロマンチスト。そして、空が見えない街で暮らすのはよくないと、アドバイスをくれたのだけれど、私はそれでもNY生活を選んでしまった。なぜって、楽しそうだから。いやいや、それはそれとして、ゴルフしか見えていなかった自分の目に、もう少し栄養を与えなければ、視野や見聞が広がらないと思ったからだ。だからこそ、NY生活。でも、せっかくのアドバイスを聞き入れなくて、丸山プロ、ごめんなさい。

NY&ゴルフ

今日から私のNY生活がスタートした。フロリダからニューヨークまでは約1000マイルの距離。引越しは、私の相棒であるカメラマンのJJ(田辺安啓)がトラックで荷物を運び、私は飛行機でNY入りという具合に楽をさせてもらった。しかし、アメリカ生活13年、フロリダには8年、暮らしていたわけで、その間に増えた荷物は膨大。7割方は捨て去ったが、それでも残りの3割を運ぶのは大変な作業だった。

ところで、NYというと、世界の中心地、トレンドやファッションの中心地というイメージが強く、ゴルフとはかけ離れた感がある。新しい住所や連絡先を一通りの知人友人にメールで知らせたら、私の仕事とは無関係の友人たちから、「ニューヨーク?えっ、ゴルフの仕事、辞めたの?」などというメールが返ってきて、笑ってしまった。

確かに、フロリダとゴルフは直結イメージでも、NYとゴルフは、すぐには結びつかないかもしれない。実際、マンハッタンのような街中にゴルフ場があるはずはなく、米ツアー選手でも、NY暮らしはほとんどいない。なぜ、いないか?理由は簡単。NYは冬が寒くて、ゴルフの練習ができないからだ。

プロゴルファーの多くは、冬でも温暖なフロリダ、アリゾナ、カリフォルニア暮らしが多い。NY出身者でも、プロになったら温かい気候の土地へ引っ越すことが多い。また、高額賞金を得ることから、所得税がかからないフロリダを選ぶことも多い。マルチミリオネアのタイガー・ウッズは、その代表例だ。

米ツアー選手の中でNY州内に居を構えているのは誰だろうと考えても、ジョイ・シンデラーぐらいしか思いつかない。NY近郊暮らしは、ブラッド・ファクソン。ニュージャージー州生まれのファクソンの自宅はNYから車で2時間ぐらい離れたロードアイランドだ。生粋のニューヨーカーのジェフ・スルーマンは、結婚相手が元々シカゴで開業医をしていたため、それに合わせてシカゴへ引越し、ずっとシカゴ暮らし。それ以外に、住まいとNYが結びつく選手は思い当たらない。

ファクソン.jpg
パットの名手で知られるファクソン。パッティングなら、冬場でも家の中で練習できる。そんなテレビCMがありました。
PHOTO/JJ TANABE

だが、NYとゴルフは無関係では決してないのだ。と言うのも、ゴルフのメジャーがNY近郊で開催されるケースは案外、多いからだ。

今年の全米プロは、NYから一歩だけニュージャージー州側へ入ったバルタスロールで開催された。去年の全米オープンは、NY州ロングアイランドにあるシネコックヒルズで開催された。02年の全米オープン開催コース、ベスページもNY。そして、これらに共通する不思議な特徴が1つある。それは、NYが舞台のメジャーでは、とにかく、フィル・ミケルソン人気が爆発するということだ。

大歓迎を受けるミケルソン自身も、「NYは最高だ。私が一番好きな土地だ」と頬をゆるっめっぱなし。なぜ、ニューヨーカーゴルファーがミケルソンに熱狂するのか、そのワケは不明なのだが、1つだけ想像できることがある。ミケルソンは元来、アメリカの国民的ヒーロー。世界ナンバー1のタイガーを上回る人気を誇っていた。そこへきて、勃発したのが、あの同時爆破テロ。苦難を味わったニューヨーカーたちは、街の再建と合衆国の安全、発展を目指し、心を1つにしようとしていた。そんなとき、NYやその近郊で開かれたメジャーで、心を1つにするための象徴を求めた。それが、ミケルソンだったというわけだ。

ミケ&タイガー.jpg
来年の全米オープンもNY近郊で開催。ベスページ(2002年)で優勝を争った2人のバトルの再現もありうる。
PHOTO/JJ TANABE

メジャーに限らず、米ツアーのレギュラートーナメントでも、3試合ぐらいはNYとその近郊で開催される。そのたびに選手やその家族は、マンハッタンを楽しむ。丸山茂樹や田中秀道らも、少なからずNYを好んでいるようで、「ウチにも、いらっしゃいましたよ」なんて言葉を、マンハッタンのいくつかの飲食店で聞かされたことがある。

だが、私がNYへ引っ越そうか、どうしようかと思案に暮れていたとき、丸山はこんなことを言った。「えっ、NY?やめたほうがいいよ。ビルばっかりで空が見えないんだよ。星だって見えないんだよ」。丸山は、なかなかのロマンチスト。そして、空が見えない街で暮らすのはよくないと、アドバイスをくれたのだけれど、私はそれでもNY生活を選んでしまった。なぜって、楽しそうだから。いやいや、それはそれとして、ゴルフしか見えていなかった自分の目に、もう少し栄養を与えなければ、視野や見聞が広がらないと思ったからだ。だからこそ、NY生活。でも、せっかくのアドバイスを聞き入れなくて、丸山プロ、ごめんなさい。

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